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【たまごライター彩葉の挑戦】安っぽい殺人事件を書きなさい。

      2015/05/29

たまごライター彩葉の挑戦

様々な”難しそうなこと”に、たまごライター彩葉(いろは)さんが失敗を覚悟で挑戦し続けるコーナーです。(過去の挑戦一覧

今回の挑戦状は、こちら。

『安っぽい殺人事件を書きなさい。にわとり』

彩葉の解答

事実は小説より……

「殺したくなんてなかった……本当は、殺したくなんて……」
「あなたは、心の底からご主人を愛していたのですね?」
男の言葉に彼女は何度も頷く。目からぽろりと零れた雫が、書斎の絨毯に染みを作ってゆく。
それは、殺人現場へ降り注ぐ懺悔の雨のようだった。
「さて、残りの話は警察でお願いします」
「あ、あのあなたは……」
「僕の肩書きは探偵ですが、事件を解決することは仕事じゃないんです。僕の仕事はモノ探し」
「モノ探し?」
「そう、犯人が忘れてしまった人間の心を探し て届ける探偵です」

…………。

私はキーボードの上で数秒停止していた両手で顔を覆った。
開け放たれた窓からむわりと湿気を含んだ熱風が入り込んでくる。首筋には汗が浮き出て気持ちの悪さを感じ、服の袖で拭おうと思えばそこももう十分湿っていることが分かった。
起きてからずっと稼働させている目の前のコンピュータも熱を持ち、私の周囲の温度を著しく上げる。
気が付けば私の作業環境は最悪な状態だった。
しかし、これは今日に限ったことではない。
執筆に集中してしまうとどうしても現実の自分のことが頭から離れてしまうのだ。食事をとることも、睡眠をとることも忘れ、ただ無意識に指を動かし続ける。
そのため、ふと現実に帰ってみると、なか なか過酷な状態であったりする。

窓を閉め、レースのカーテンをさっとひいて日光を遮断すると、エアコンのスイッチを入れた。
部屋が涼しくなるまでの間にキッチンへ行き、グラスに水を少々注ぐ。そこにレモン汁を二滴。これが私の作業の御伴だ。

本棚とベッドと作業用の机くらいしか置くことのできない私の狭い書斎は、エアコンの効きがすごぶるいい。
グラスをカツンと置き、改めて画面上の自分の文章に目を向けた。

さて、どうにもぱっとしない。
探偵が犯人を突き止め、いつも通りの決め台詞を言うところで集中力が途絶えた。
これではいかにもそこらの三文小説だ。自惚れかもしれないが、プロの推理小説作家としてプライドの高い私はどうも今の文章を許 せない。
書いてきた文章を一気にデリートし、レモン汁入りの水を飲みほして一息吐く。
そんな時、ふと玄関のチャイムが鳴る音がした。

来客か。
どうせ妻が出るだろう。勧誘なら追い払ってくれる……そんな気持ちで私は相変わらずぼうっと画面の文章とにらめっこをしていたが、二回、三回とチャイムは鳴り続ける。
そこで私は、もう家に一人であることを思い出した。
どうにも慣れない。
仕方がなく立ち上がると、私はエアコンの電源を切るか一瞬迷い、どうせすぐ終わるだろうと思い直して玄関へ向かった。

「突然お邪魔してすみません」
来客は、はじめに深々と頭を下げた。
青色の皴一つないワイシャツに少々丈の長いズボン。そして、表情が見えないほどに 深々と被った帽子。
華奢な体格から一瞬少女であると錯覚してしまったが、声を聞くとどうやら男であるらしい。
「先生にお話したいことがあります」
彼はそう言って顔を上げ、私をじっと見つめた。この時初めて彼が水晶玉のようにきれいな目を持っていると思った。

妻がいなくなってから部屋の掃除は怠ることが多かったが、応接間の方は先日まで来客が途絶えなかったこともあって綺麗にしてあった。
クーラーの電源を入れ、青年にソファーへ座るように促すと冷えた烏龍茶をついで持ってきた。
「すみません、玄関先でよかったのですが……」
青年は被っていた帽子を膝の上に乗せており、再び深々と頭を下げた。
「いや、いいんだよ。私は私のことを『先生』と呼ぶ人間には 優しく接すると決めているんだ」
これも私の自惚れと強い自尊心の表れであるが、やはり『先生』扱いされることは心地がいい。
青年は持っていた大き目の鞄から一冊の本を取り出した。
見たことのある背表紙だ。
「これは……」
「先生の『モノ探し探偵』第一作目です」
同時に、青年は黒の油性ペンを取り出した。
「僕、先生の大ファンなんですよ。よろしければサインを頂きたいな、と」
「勿論だ」
サインは書きなれているが、面と向かって頼まれるのは初めてだ。私はそれを快く受け取り、さらさらと自分の名前を書いた。
「ありがとうございます」
青年は丁寧に礼をいい、その本を机に置いた。
「先生の推理小説は素晴らしいです。数多ある推理小説とは一線を画していま すからね」
「随分と褒めてくれるじゃないか。一体どの点が?」
私は気をよくして質問をした。さて、彼は私の作品のどこを褒めてくるだろうか。
「先生は殺人の手口や犯人捜しよりも、犯人が殺人を犯すに至った心の内面について言及しています。そうすることで読者は犯人側にも自ずと感情移入ができ、深みが増す。これは、僕個人の勝手な言葉に過ぎませんが……先生の小説における殺人事件は『高尚な殺人事件』である……そんな印象を持っています」
『高尚な殺人事件』これはなかなか面白い例えを使う。
「もしや君は作家希望かね?」
「いえ、僕が小説なんてとてもとても……」
青年は苦笑いして、私が入れた烏龍茶を一口飲んだ。
「僕は単なるファンに過ぎませんよ」
そうし て、彼は私が書いた小説の特に面白いと感じた部分を幾つか上げて、そのシーンの何処に惹かれたのかを語った。
時には、そんな見方もあったのかとこちらが驚かされるような話もあった。
彼との談笑は私のここのところのストレスを緩和させてくれるものであった。
「いやあ、君を招いてつくづく良かったと感じているよ」
「やめてくださいよ。僕はただ自分の好きなことについて語っているだけなのですから」
そうして、二人して笑う。
しかし青年は烏龍茶をまた一口飲むと、急に真面目な顔をしてこちらを見た。
「ところで先生……奥様のことはご愁傷様でしたね」
「……ああ」
突然妻のことを言われて戸惑ったが、一部の雑誌や新聞には取り上げられたため、私のファンである彼が 知っていても何らおかしくはない。
妻が死んでからもう一か月だ。全く実感がない。
今でも作業中背後からふと彼女が私を気遣う声をかけてくれるのではないかと期待してしまう。
「先生が留守中に何者かにナイフで刺されて死亡……でしたよね」
青年は再び鞄から何かを取り出した。今度は週刊誌のようだ。私にも見覚えがある。
「ここに、先生の悔やみの言葉も書かれています」
そうだ。記者に心情を聞かれ、答えた内容がほぼそのまま記事にされている。ここはなかなかいい出版社だと思った。
「流石小説家といいましょうか……理路整然としていて、読んでいる側も奥様を失くした先生に感情移入してしまいそうな文章です」
青年はゆっくりと雑誌のページをなぞった。ここにはイン タビューに答える私の姿まで載っている。
「まるで先生の書く小説にそっくりなんですよね」
ここで、異変に気が付いた。先ほどまで私のことを褒めていた青年の姿はどこにもない。大人びていて、鋭い瞳を向ける彼の姿がここにあった。
「小説って所詮は作り話なんですよね。あまりにも綺麗すぎる」
青年は雑誌を閉じ、もう一つ鞄から雑誌を取り出した。全く同じ表紙の雑誌だ。しかし彼が開いたページには、同じ私のインタビューページでも沢山の赤い線が惹かれてややボロボロになっていた。
「ここも。ここも。ここも。どれもこれもまるで……小説のよう」
「何が……言いたい?」
気が付けば私の手には汗が滲んでいた。
「先生、こんなに綺麗な悔やみの言葉なんて存在しませんよ 。先日この記事の編集者を尋ね、聞いてきました。この文章は編集者が読みやすいように改変したものではなく、先生が喋った言葉ほぼそのままらしいではないですか」
私の烏龍茶からカラリと氷の溶ける音がした。
「先生の書く推理小説は確かに高尚な殺人事件でした。けれど、現実にはそんなことあり得ないんです。いくら殺人犯が被害者のことを愛していたとしても、殺人は殺人。犯人は許されざる罪人です。いくらきれいな言葉を語ろうと、それに同情してくれる読者なんていませんよ。そう思いません?」
言い聞かせるように、静かに彼は語る。
「……事実は小説より愚なり」
黙り続ける私に追い打ちをかけるように彼は言った。私は、水晶玉のような瞳から目が離せなくなる。
「留守中 に見せかけ妻を殺し、アリバイ工作をして帰宅後妻を発見したように見せかけた……なんとも簡単でありがちなトリック。あのお涙頂戴の悔やみの言葉がいかにも被害者って感じでしたけど……ファンからすればあれが『小説』だってことはすぐに分かります」
彼の言葉は、正確に私の心を侵していった。視界が静かに揺らいでゆく。
「失望しました。こんなつまらない三文小説みたいな馬鹿らしいことを先生がするなんて」
侮辱の意を込めた言葉。完敗だ。証拠は見つかっていないが、もう逃れることはできないだろう。

事実は小説より愚なり。
その言葉が蝉の泣き声のように耳に張り付く。
小説の中の殺人事件に比べて、現実のなんとつまらなく陳腐で愚かしいことか。
「君は……一体……」
私のその言葉に彼は微かに笑った。

「僕は先生のファンですよ。先生の作品に憧れ『探偵』になった一人のファンです」

彩葉のあとがき

今回のお題は『安っぽい殺人事件』
前回は酷評をいただいたこともあり、お題に対して真剣に向き合ってみることを決めた訳ですが、さて『安っぽい殺人事件』とは一体なんだろう……と毎度毎度と同じように壁にぶち当たりまして。
でも、そもそも殺人事件に安いも高いもないんじゃないかなって結論に至りました。
だって人殺しは人殺しでしょう。
お涙ちょうだいの殺人事件だって、結局はそこに犯人と被害者と探偵役がいるだけに過ぎない。
『安っぽい殺人事件』それはこの 物語の背景全てです。

さて。この『彩葉の挑戦』では好評も酷評も全て受け付けます。
ツイッターや感想欄で堂々と反論していただいて構いません。
これは私が読んでくださる皆様に挑戦者として挑むのですから皆様は受けて立っていただきたいのです。お願いします。

……と、格好つけておいて結構今ドキドキしています。

さてさて、次のお題は何かな~

たまごライター:彩葉
writer_iroha_100文字を書くことが生きがいの、未熟で未熟な小説家のたまご。新しいことにどんどん挑戦したい。依頼はいつでも受付中。現在は主に「pixiv」と「小説家になろう」にて小説を書いております。Twitter:@kotonoha_hutaba

挑戦状

次回の挑戦状は、こちら。

『ひたすらバナナを食べなさい。にわとり』(3000文字)
*彩葉さんもここで内容を初めて知ります

新しい挑戦状も、随時募集いたします。この企画の記事にコメントをいただくか、Twitterでハッシュタグ #たまごライター彩葉に挑戦状 をつけてツイートしてください。採用させていただいた場合は、お名前も併記いたします。

彩葉さんの解答が公開されるタイミングで、次回の挑戦状の内容を発表いたします。

読者が彩葉さんと同じテーマで挑戦するスピンオフ企画「たまごライター彩葉に挑戦」も合わせてお楽しみください。

また、彩葉さんの解答に対する感想や、あなたなりの解答があれば、お気軽にコメントいただければ幸いです。

 - たまごライター彩葉の挑戦 ,

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