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【美食家のたまご】1皿目:カフェ アリヤのベリー・マスカルポーネ(前編)

      2016/06/06

美食家のたまごとは

美食家のたまごでは、本当に実在する飲食店と、その料理を、小説仕立てでお届けします。物語は半分フィクションですが、基本的に登場する店舗や料理はノンフィクション、つまり本当に実在する店舗です。

「美食家のたまご」のまとめ読みはこちらから。

1皿目:カフェ アリヤのベリー・マスカルポーネ(前編)

美食家のたまご

うちの会社があるのは、巨大ターミナル駅が最寄り駅になっている街。だから、昼時ともなれば駅の利用客やその近隣のオフィスから溢れんばかりに人が出てくる。
西口、東口、南口に加えて東南口という親切なのか親切でないのかわからない細かい名の出口があり、それぞれの出口により利用者層もだいぶ違うので、人間観察をする分には面白い街なのかもしれない。

そんな中、ハチが私を連れてきたのは、駅から徒歩五分ほどでもあり、会社からも十分ほど歩いた通り沿いだった。

最寄りの出口は、東口もしくは東南口だろう。そこから五分と言うのは立地的にはとてもいいと思う。近くには大通りが面しており、その大通りには有名どころの百貨店やブランドショップなどが並んでいる為人通りも多い。勿論飲食店もそこには軒を連ねているのだけれど……以外にもハチが私を連れてきたのは、その大通り沿いの店ではなく、一本向こう側。つまり、駅とその大通りを繋ぐ脇道ということになる。それでも駅が近いので、人通りは多い。ただ……ファーストフード店や旅行店、ブランドショップなどの看板は見えるのだけれど、落ち着いて食事が出来そうな店舗の看板は見当たらない。

「ねえハチ。こっちであっているの? このまま行くと駅に出ちゃうけど……」
昼休みは一時間。あまり遠くに行くと、時間内にオフィスに戻れない。せっかく食事をするのに慌しく食べるのも嫌だし……私がそんなことを思っていると、
「あっていますよ。それに着きました」
ハチはそう言って、突如歩を止めた。
「え?着いたって……」
「ここ、口コミでも評判のカフェで……俺、学生時代から一人でも来ているんですよ」
驚く私に、ハチが笑顔でそう説明してそのカフェの入口を指差す。

カフェと説明されたその店はどうやら地下にあるようで、通り沿いの道に人一人が通ることが出来る入口を構え、地下エリアに向かって階段が伸びていた。
一般的にカフェと言われると、日の光が差し込む明るい場所にオープンな雰囲気で緑に囲まれて……というイメージをしていた私。道沿いではあるけれど、まさか店舗が地下深くにあるとは。この店の存在や評判を知らされずハチに言われなかったら、通り過ぎてしまうこともあったかもしれない。

「さ、先輩。行きましょう。お昼は特に激込みなんですよ」
「あ、うん……」
そう言ってハチが私の手を引っ張る。そんな私の後ろには、既に別の客が下に降りるのを待っている状態だった。私は慌ててハチの後ろ追い階段を下りきる。そして店の入口立った。

地上に比べて日の光は入ってこないけれど、柔らかな照明で包まれた店内はとても優しい印象を受けた。立地上の都合か、客席は同じフロアに全てがあるわけではなく、入口を境に左右に分かれている。それでもそれぞれ二十席ほどはある。入ってすぐのカウンターの奥には、サイフォンが見えた。コーヒーの香ばしい匂いがふわりとあたりに漂っている。嫌いじゃない匂いだ。そうこうしている内に、私達は入って右側のフロアに通された。そして席に着く。

……お昼時というのもあるけれど、座席は満席だった。客層も、様々。外国人カップルや、サラリーマン。中年のご夫婦に女性の一人客、学生らしい男の子二人組……カフェ、というと「若い人」というイメージを勝手に持っていたけれど、どうやらここはそういう敷居が高いわけでもなく、様々な年齢層に愛される場所のようだ。
それに、席についている人々皆、楽しそうに料理を口に運んでいる。食べている時の表情って意図的に出るものではないから、多分皆が提供されている料理に満足している証なのだろう。ハチが入る前に言っていた「評判のカフェ」というのが少しわかったような気がした。

「ハチも学生時代から一人出来ていたんだっけ?」
「ええ。常連てわけじゃないんですけど、時々無性に食べたくなるんです。マジ、お勧めの店です」

店内を見回した私が率直な感想を述べる。ハチがそれに答えたところで、店員さんが水を持ってきてくれた。そして私達にメニューを渡そうとするも……それを私が見る前に、ハチは勝手に私の分まで注文した。

「季節のお勧めを二つと、コーヒー……あ、これでお願いします」
「かしこまりました」
店員さんは呆気に取られている私を他所にハチからのオーダーを受けると奥に入ってしまった。

「ちょっと! 何で勝手に注文を!」
店員さんはハチの頼んだものを復唱するときにメニュー名をきちんと言っていたけれど、私は上手く聞き取ることが出来なかった。だいたい、何で勝手に統一メニューなの。奢ってやるから黙って俺について来い、見たいな感じなのだろうか。私がまだ文句を言いたげな目でハチを見つめると、

「だーって。先輩、ここのメニュー写真見たら絶対選ぶのに時間掛かるから」
「なによそれ」
「運ばれてきたらわかりますよ。それに、俺が頼んだメニューに間違いはないです」

ハチはニヤニヤしながら、そんなことを言う。恐らくよく知った店だけあり、メニューのチョイスに自信があるのだろう。

「まあ、奢ってくれるんだからいいけど……」
私がぼそぼそとそう呟くと、「是非お楽しみに。それより……」と、ハチはテーブルに置かれたコップの水を一口飲みながら、私に語りかける。

「それより先輩。何か今日、ミス多くないっすか?」
「えっ……何よ急に」
予想しなかった問いかけに私が驚いていると、
「僕が頼んだ書類には何箇所も間違いあるし、プロジェクトへの配布書類全然違うし、社内システムのデータも打ち間違え酷いし」
あ、全部僕がフォローしておきましたけど。ハチはそう言ってまた水を飲む。
「ちょ……どこまで私の行動を監視してるのよ。ストーカー気質でもあるわけ?」
「酷い言い草ですね。それだけ先輩のミスが目立って立ってことですよ。僕以外の目にも」
「う……」
ハチの言葉に、私は思わずぐっと詰まる。

……副業の創作活動に行き詰っているのは確かだった。勿論それだけじゃないけれど、そのことばかり考えてしまって、確かに今日は上の空になることが多かった。
こちらの生活に持ち込んではいけないとわかってはいるんだけれど、でも誰に相談することもできなくて、どうしようもなくて……。私がそんなことを思っていると、

「一体どうしたんですか。中々結婚してくれない彼氏と喧嘩でも? それとも……」
それとも、副業の方で何か気になることでも? オクカオさん……そんな私に対し、ハチが恐ろしいことを口にした。

「なっ……どうしてそれ!」
オクカオ、は私の副業時のペンネームだ。それを何故ハチが!? 会社の人間には死んでもばれないように気をつけていたのに!
リアルの知り合いに、ライターの記事はおろか、webで公開している恋愛小説なんか読まれたりしたら……そう思うと、パニック状態になる。

「ストーカー!? ハチ、やっぱりあんた私のストーカー!?」
いたたまれない気持ちに苛まれた私が思わずガタン、と席から立ち上がる。

「失礼な。違いますよ」
とりあえず、席ついて。周りの目を気にしつつハチは冷静に私を席に座らせると、

「実は僕も、副業をしているんです。あ、僕は小説じゃなくて写真ですけど」
「え……ハチ、カメラマンなの?」
「まあ、そんなたいそうなものじゃないですけど。それで、某出版社に大学時代の先輩が勤めている関係でそこで仕事も。そこで知ったんです。偶然」
「……個人情報もへったくれもないわね」
「まあそれは置いておいて。それより……何を悩んでいるんですか?」
「……」
ハチの質問に、私は少し黙り込む。正直、ハチに相談するなんて、という思いもあるけれど、リアルの人間関係で私の副業についてちゃんと知ってくれる相手、更には同じように副業を持っている相手に出会うことなんて早々ない。
私は少々迷ったけれど、「実は」と自分がいま抱えている問題をハチに話した。
するとハチは「ふーん……」と気のない返事はしたものの、

「……俺、何となくその編集さんの言っている意味、分かる気がするなあ」
と、答えた。意外だった。

「え……わかるって?」
私は毎日毎日、日常生活に支障が出るくらい悩んで、答えが出なくて苦しんでいるというのに! と私が驚いた表情をすると、

「多分それは……と話をする前に、来ましたよ。食べながら話しましょうよ」
ハチはそう言って、にっこりと微笑んだ。みると、先ほどの女性店員がオーダーしたものを運んできてくれたようだった。

ふんわりと、甘い香りが鼻孔をくすぐる。
大方の女性が好む甘く、そして……頭と心が疲れている時、身体が欲する香り。自然と喉が鳴った。
見ただけでその柔らかさ、しっとりさを感じる支子色の下地に、こんがりと程よくついた茶色い焦げ。しっとりとカリカリの相反した感触を味わえることを想像すると、余計にそれを早くそれを口にしてみたくなる。その横にそっと添えられているのは、黒と赤で艶やかに輝く小さな果実達。それらを包み込むような甘酸っぱい匂いのする紅のソースが、果実と、共に添えられた半円形のアイスクリームとに程よく絡み合っている。
そして折り重なるように白い皿に盛りつけられたそれは、非常にボリューミーにも見えた。ただし果実の甘酸っぱい匂いと、支子色の生地が放つ香ばしくも甘い香りに誘われれば、その量も食べきれるような気がする。

フレンチトースト。そこに置かれた料理は、若い男の子のハチからはあまり想像のできない料理だった。

「これ……」
フレンチトースト自体、食べたことがないわけじゃなかった。休みの日の朝に、何度か自分で作ってみようと挑戦しては失敗する料理の一つでもある。でも、こんな風に外で注文してわざわざ食べたことはなかったなあ……目の前の料理を見つめ呟く私に、
「さ、先輩。食べてみてください」
ハチが笑顔でそう言いつつ、自分もナイフとフォークを既に手にしていた。
「うん……」
ハチのおすすめ。そして私の意向も聞かずにオーダーされたもの。不思議に思いつつも、私もハチと同様の仕草で手を付け、そして一口にそれを口に運んだ。

……その瞬間。それまでぼんやりとしていた私の意識を、何かが直接刺激した。
ぱっと、自分の目が大きく見開いたのを感じた。思わず目の前のハチを見ると、「ね? 上手いでしょ」と言いたげな表情をしていた。いや、寧ろ言っていた。
普段ならそんなハチに対して「偉そうに!」と言ってやるところだけれど、今日に限っては悔しいが反論する気にはなれない。
だって……
……
一口食べた後、私は自然にもう一口、もう一口、と手と口を動かしていた。
決して食べたことのない料理ではないのに、どうしてこんなに止まらないんだろう……皿に盛られたものが見る見るうちに減っていく。ボリューミーという印象はどこへやら。
そんな私を見ながら、ハチは満足そうに自分も料理を口にしながらも、ゆっくりと語りだした。

たまごライター:八湊真央
writer_mao_100静岡県在住の、会社員兼一児の母兼フリーライター。ライターのお仕事ではコラムを中心に書いています。その他、中学生の頃から小説も書いています。現在、オリジナル小説を「pixiv」「小説家になろう」にて掲載中。フォロー大歓迎。二次創作サイトは「Cloud9+cafe*」。Twitter:@n_wing0224

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