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【美食家のたまご】2皿目:PILIPILI(ピリピリ)のグリーンカレー(前編)

      2017/06/06

美食家のたまごとは

美食家のたまごでは、本当に実在する飲食店と、その料理を、小説仕立てでお届けします。物語は半分フィクションですが、基本的に登場する店舗や料理はノンフィクション、つまり本当に実在する店舗です。

「美食家のたまご」のまとめ読みはこちらから。

2皿目:PILIPILI(ピリピリ)のグリーンカレー(前編)

美食家のたまご

「先輩、顔に不幸せがにじみ出てますよ」

猛暑と言われた長い夏が終わり、ようやく朝夕が少し肌寒いと感じるようになった初秋のある日のこと。
いつもより人の少ないオフィスのデスクで、ぼんやりと頬杖をついていた私・奥田薫子に同僚の呉羽千里(通称ハチ)が相変わらずの声をかけてきた。
いつもなら、「うるさい、ハチのクセに!」と文句の一つも言ってやるのだけれど、流石の私も今日はそれを流す余裕がない。
体調不良というわけではなかった。かといって仕事で大きな失敗をしたわけでもない。
社会人として失格とは分かっているけれど―――プライベートで色々あり、今日の(今日も?)私はどうしても気持ちが上がらないのだ。

まず、彼氏と喧嘩した。
きっかけは本当に些細なことだった。約束していた予定を相手がキャンセルをした、ただそれだけ。
私としては、キャンセルは構わないけど「予定変更」にして欲しかった。でも相手は「キャンセル」にしたがった。それで喧嘩になって、一昨日から連絡を取っていない。
今日あたり自分から連絡してみようか、でもそれだと私が悪かったみたいで嫌だし―――まだ腹は立つけど、これからのことを考えると速く連絡を取ったほうがいいのか。
そんなことをモヤモヤと考えている。

次に、一人暮ししている部屋のありとあらゆる電化製品が壊れ始めている。
これはかなり不思議な現象なんだけれど、同じ日に家の中の電化製品が五つも同時に壊れてしまうと言う現象に見舞われた私。こうなるともう、不運を通り越して可笑しくなる。
洗濯機、掃除機、空気清浄機、目覚まし時計、そしてドライヤー。エアコンが無事だったことだけはこの時期救いだけれど、もしかしたら今日仕事が終わって帰ったら壊れているかもと思うと、何だかそわそわとする。

最後に、仕事で受けた原稿が中々OKが出ない。
―――有り難い事に作家とライターの副業も細々と続いている私。今回もいつもの出版社から雑誌の原稿の依頼を受けているのはいいのだけれど、何度リテイクしてもどうしてもOKが出ない。
言われたとおり、指示されたとおりに書いているつもりだった。もちろん言われたことだけでなく、自分の意見や考えも織り交ぜているつもりだった。それなのに何度提出しても「もう一度」なのだ。
何が悪いんだろう。どうしてだめなんだろう。そんなにこの文章、変?
誰にも相談できず、かといって状況は変わらない。とりあえず締め切りを明日の夜までにもう一度してもらったけれど、一体どこをどうすればいいのかが分からずにモヤモヤしていた。

そういうことが重なって、どうしても気持ちが前にいかなくなっていた。
特に最後の一つは、期限があるもの。にっちもさっちも行かない状況で、ほとんどお手上げ状態だ。
と、そんな私の事情を勝手に汲み取ったのか、ハチが再び声をかけてくる。

「先輩、不幸せそうな顔をしているとマジ不幸せになりますよ。あ、もう不幸せかもしれないけど」
「……あんた、あたしに喧嘩売ってるわけ?」
「他の人が言いづらい事を僕が言ってあげてるんじゃないですか。感謝して欲しいくらいですよ」
「何で偉そうなのよ」
「それより、同じ部署に辛気臭い人が居ると僕の士気も下がるので、気分転換にお昼、外に出ませんか? いいお店あるんです」
「不幸せの次は辛気臭い!? あんたどんだけ……!」
失礼なのよ、と私がハチに食って掛かろうとすると、そこで昼を告げるアナウンスがオフィスに流れた。
なんていうタイミングだろう。
「さ、行きましょ先輩。こういう時は美味しいものを食べるに限ります」
ハチは私の都合などお構いなしにさっさと歩き始めてしまう。

―――ハチの奴。私が今日、お昼にお弁当とか持ってきていたらどうするつもりなんだろう。
まあ、お弁当なんてちゃんと作ってくるほど、私は女子力も高くはないんだけど。
ああ、でも―――こういうところが、彼も嫌気が差してきたのかな。
そういえばここしばらく、うちに来た時も手料理作らなくなってたっけ。それに、会えば一方的に仕事のグチ聞いてもらうことも多くて。
そういえば彼が今どんな状況で、何を悩んでいて、最近は何に興味があって、とか聞いてあげられなかったかな。
こんなんじゃ、長すぎる春も、春じゃなくて冬に逆戻りしたにでこのまま? ―――忘れたかったのに、そういうものに限って勝手に蘇る。私が一人負のループ思考に陥りそうになっていると、

「だから、ほら。先輩、不幸顔ですって」
「なっ……不幸顔って言うな!」
「一人で居るとそうやって暗くなるだけなんですから、早く行きましょう。今日のお店は、きっとそんな先輩でも元気が出る多国籍料理のお店ですよ」
「多国籍……?」
「そうです。ランチでもやってるカレーなんて、特に絶品です」
怒る私を適当に宥め、ハチはさっさとオフィスから出て歩いていく。
「……本当にオススメなんでしょうね?」
「はい。自信家の僕が自信を持って言うんですから、百パー間違いナシです」
「信じていいのね? その言葉」
「はい」
「……」
―――これだけ自信を持っているなら、大丈夫かな。
それにしても、多国籍料理のお店が会社の近くにあるなんて、驚きだな。私は愛用の縦長財布を脇に抱え、強引且つマイペースなハチの後を追ってオフィスを出たのだった。

たまごライター:八湊真央
writer_mao_100静岡県在住の、会社員兼一児の母兼フリーライター。ライターのお仕事ではコラムを中心に書いています。その他、中学生の頃から小説も書いています。現在、オリジナル小説を「pixiv」「小説家になろう」にて掲載中。フォロー大歓迎。二次創作サイトは「Cloud9+cafe*」。Twitter:@n_wing0224

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