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お笑い芸人の本 ~たまごたちの書庫 第一話

      2015/09/03

お笑い芸人の本 ~たまごたちの書庫 第一話

<それ、よく貸し出しされますね。芸人さんが書いた本だとか>
呼びとめられて、私は自分の手に持っている本を見つめた。辺りはぼんやりと暗く、書物の独特のにおいが鼻孔をくすぐる。私は椅子をひいて席についた。

私はこの書庫に住んでいる。
この市立図書館の地下書庫は、ほとんどの面積が資料の保存のために設計されている。人間のためにつくられた唯一のスペースには一対の机と椅子が置かれ、検索用のパソコンが鎮座している。
書庫に住んでいる、というのは例えだが、仕事で大半の時間をここで過ごしていることには変わりない。書庫には貸し出しの請求はくるが、人はほとんど来ない。資料のやりとりは昇降機で行われるし、私もあまり外に出ない。
唯一の話し相手は、コンピューターに搭載された人工知能くらいだ。人工知能の名前はLibra<リーブラ>。接客の苦手な私とちがって、利用者からも好かれている女性型AI。

<いかがでしたか?>
スピーカから少し高めの合成音声がはき出される。ディスプレイには、Libraの感情をしめす緑や青色の図形がふわふわと舞っている。
私が手に持っている本の表紙には、赤い布のようなオブジェが描かれている。内容は、芸人の先輩と後輩が夢を追いながらもがくという物語だ。読んでみたが、他のプロの小説と比べて遜色なかった。どうやらこれは作者が初めて書いた長編だったらしく、私も読んでいるあいだ、「作者が新人だ」、という前情報は捨てきれなかった。とにかくこの本は、いま書店で飛ぶように売れており、図書の予約もいっぱいになっている。

私は本を机の上に置いて、思う。
では、何十年も文を生み出し続けてきた、専業の小説家たちは何を思うのだろう、と。
なにも思わないのだろうか。よくわからない芸人の書いた本が、いきなり自分たちの本より多く読まれて、嫉妬したりしないのだろうか。私だったら妬んでしまうかもしれない。自分の作品があまり認めてもらえていない人ならなおさらだ。
「この本の書評を検索」
私がつぶやくと、人工知能のLibraが音を立てて検索を始める。しばらくしたあと、合成音声が記事を読み上げる。

まぐれではなく、きちんとした読書経験がある人が、文学史に何を付け足せばいいかよく分かった上で書いている。(白石一文 ※1)”

この作者が話題のお笑い芸人であり「火花」はすでに六十万部を超えているとかはまったく関係がない。(宮本 輝 芥川賞選考委員 ※2)”

受賞作となった『火花』は、「文学」へのリスペクトが感じられ、かつとてもていねいに書かれていて好感を持ったが、積極的に推すことができなかった。「長すぎる」と思ったからだ。(村上 龍 同上)”

作者の力量は認めつつも、選考会では自分は受賞とすることに反対したが、少数意見にとどまった(奥泉 光 同上)”

私は目を閉じた。いろいろ賛否はあろう。だけど、少なくとも私が思っているよりは、作家たちは寛容のようだ。これらの書評を鵜呑みにすることはできないし、本当のところはどう思っているのかわからない。好評をもらったとしても、この作者は次に芸人の小説以外を書かなければいけないし、プレッシャーはすごいだろう。
<気になる記事もあります>
Libraが別の記事を読み上げる。

出版界ではこの10年程、「メガヒット現象」と言って、特定の本に売れ行きが集中し、それ以外は本や雑誌がさっぱり売れないという状況が加速している。今回の現象はそれを象徴する事柄だ。
だって、どう考えても、この売れ方って異常でしょう。出版界にとっても素直に喜んでいられる現象ではないと思うのだ。※3)”

私は頬杖をついた。耳が痛い。
おそらくそれは、人が読書をする機会と場がなくなっているのだと思う。図書館に勤めているとわかりにくいが、習慣で本を読む人が減っているので、話題性のない本は読まれない。なので毎回、提供者は話題になる本をつくって読者をふり向かせる必要がある。ブームに乗った読者がそのあと、つづけて本を手に取るだろうか。継続的に本を読む機会を提供しないと、あまり根本的な解決にならないのではないかと思う。
<難しいですね。芸人さんが書いた本でこれですから、人工知能が書いたらもっと売れるんじゃないですか>
「それは無理でしょ」
私は薄く笑ったが、なんとも笑えない冗談だと思った。

どういう人が小説を書くのに有利か、というのはわりと重要な話ではある。
今回は芸人が小説を書いたが、もともと作家は、ほかのどんな職業についた後でもなれる職業だという(※4)。警察官、教師、医者、だれでも作家になれる。むしろ専門知識をもっているぶん、何も経験していない人より有利かもしれない。
だからといって、いま小説家になりたくて、まっすぐその道を歩んでいる人たちを、私は笑いはしない。私がここで文字を追うのをやめられないように、彼らは文字をつづるのをやめられない。成功するかどうかは彼ら次第だが、好きなようにすればいい。本が増えれば私の楽しみが増えるし、図書館を利用する人が増える。それだけだけど。
<そろそろ閉館の時間のようです>
私は現実に戻されて、思考をやめる。Libraに、おつかれさま、とつぶやいて立ち上がる。
照明がわずかに暗くなり、夜が更けていることを知る。1日が終わる。

 

 

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〇参考文献・関連リンク
※1 朝日新聞デジタル(2015/7/17 中江有里 堀本裕樹 白石一文 佐々木敦 書評)
※2 文藝春秋 2015年 9月号(電子版あり)
※3 「皆、遠慮して言わないけど、『火花』が209万部ってどうなの?」(yahooニュース)
※4 13歳のハローワーク(「作家」)

たまごライター:黒田なぎさ
kuroda四国在住のプログラマです。中学生のころから小説を書きはじめ、新人賞への公募はまだ数年。ジャンルはエンタメ中心で、「小説家になろう」にて小説を公開しています。修士(工学)専門は対話システム。お気軽に絡んでやってください\(^o^)/ Twitter:@KosugiRan

たまごたちの書庫

この物語の舞台は、とある市立図書館の地下書庫。ここでは女性型の人工知能搭載コンピュータLibra<リーブラ>が小説や出版に関するニュースの中から、小説家のたまごが気になる話題をお届けします。

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Comment

  1. 初回なのでまだ文章カタイ\(^o^)/

    ★ さっそく気になる記事です
    →”出版不況とか言われてるけど、昔より今の方が読まれる本は増えてるんだよね。”
    http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20150820

    本は図書館とか古本でたくさん読まれるようになったけど、書店で買われる新刊が少なくなった……?
    でも小説は読まれてるのかなー…マンガばかりでは……

コメントはお気軽に^^

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