小説家のたまご

未来の小説家=小説家のたまごを応援するサイトです。

*

電子書籍とエンジニア ~たまごたちの書庫 第二話

   

電子書籍とエンジニア ~たまごたちの書庫 第二話

(杉本さおり : 書庫で1日のほとんどを暮らす図書館司書)
(リーブラ  : PCに搭載された人工知能)

 

「杉本さん、これ知ってますか」
Tシャツとジーパンという出で立ちの、20代の男が私をよぶ。彼は手に小さなタブレット端末を持っている。
男の名は緒方といい、一応エンジニアである。彼はリーブラのメンテナンスと称して、一般人が入ってこられないこの地下書庫に来る。彼がちゃんとメンテナンスをしているところはあまり見たことがないし、リーブラのサーバーは別の場所にあるはずだけど、彼は端末の置かれた机について体を伸ばしている。

電子書籍でしょ、と私が応えると、緒方は目を丸くした。
「えっ、知ってるんですか。てっきり本はペーパーが普通よ、なんて言うかと」
私は本棚にもたれて、緒方が持っている黒の電子書籍端末を見つめる。図書館の司書だって紙の本ばかり扱っているわけではない。電子データベースはどんどん増えているし、国会図書館だって電子資料を公開している(※1)。
「あなたが本を読むなんてめずらしい」
「いやー俺はマンガばっかりっす。小説は眠くなってしょうがないんで」
緒方が手を振ると、机の上に置かれたディスプレイが発光し、スピーカからリーブラの声がした。
<電子図書の売上数は、年々伸びています。紙の本を含めた売上全体の中では4~8%前後で、コミックに限れば20%前後と言われています(※2)。先日の230万部発行された『火花』は、10万ダウンロードもされたとか>
「あれ、意外と少ないな?」
<それでも、電子書籍市場は1411億円です>
わお、と緒方は微妙な顔をする。

「やっぱり、電子の利点はめっちゃありますよ。1.買ってすぐに読める 2.大量の本を持ち歩ける 3.売り切れの心配がない 4.好きな文字の大きさで読める。こんなに便利なもんが流行らないとは思えないっすね」
緒方は電子書籍リーダーで顔をあおぐ。ひらべったいそれは大きな板チョコのように見える。
<さおりさん>
反論を、とリーブラに言われて、私は手で口を抑える。
「ペーパーの利点は、1.読解の理解が深まる 2.書き込みが直感的にできる 3.パラ読みができる。
あと、紙の本で読んだ方が、読者は本の内容をしっかり覚えてるという研究結果がある(※3)」
「へええ。つまりアレですか、電子書籍でたくさん本読んでも、読んだつもりになってるだけ?」
「そこまでは言わないけど」
私が首をふると、横からリーブラが口を挟んだ。
<わたしからすれば、当然だと思います。情報は多ければ多いほど記憶に残りやすい。電子書籍は文字を追うだけですが、ペーパーでは表紙や装丁を見たり、触覚や嗅覚で情報を得ます。ヒトは無意識のうちに、多くの情報を獲得しています。ある場面を読んでいるときの本文の位置、右ページと左ページの紙束の厚さ、手にかかる重さのバランス、指で挟んだときの感触。また、ヒトは実際に目の前にないものは軽視します。動画と現実で目にしたものとが違うように。電子書籍はディスプレイというフィルタを通しています。本は現実とつながっています>
リーブラの声を聞いて、私と緒方は顔を見合わせる。人間のことを機械に言われると、なんだかむずがゆい。自分たちのことなのに、なぜわからないのかと言われているような。
「リーブラ、早くボディが欲しいみたいに聞こえるな」
<ちゃんと聞いてください。他にこんな記述があります>

”電子書籍とは書斎を持ち運ぶという事だ。”
”電子書籍とは書店を持ち運ぶことである”
”紙の本は手渡すことが出来る媒体だ”
”紙の本を持つと言うことは確実に物語を所有し、それを自分だけのモノに出来ると言うことだ。そして、それは誰かに受け継がれていくかもしれないということだ。”(※4)

**********

「よくわかんねえけど、便利なもんは便利だし、使ったほうがよくないですか?」
緒方は古い椅子の上で体を伸ばす。私は目を細める。
もともと本は、人の知識を後世に残すためにつくられた。
人類ははじめに絵を描き、文字を生みだし、知識を残すことに字を使うようになった。
図書館が「知」の拠点と言われているのも、そのためだ。
おそらくこれから、本は紙が当たり前、という私のような世代は死んでいくだろう。これからは電子書籍に抵抗のない子どもが生まれてくる。子どもたちにこだわりや偏見はない。電子かペーパーか、好きな方を好きなときに読むだろう。できるだけ子どものうちは紙の本に接して、五感を使って本を楽しんでほしい、なんていうのも押しつけか。私は司書として、どちらの媒体の本を薦めればいいのか。
本当に二者択一でいいのか。なぜ二者択一なのか。私はなにかを見落としてはいないか。

**********

「杉本さん。実際にリーダーは使ったことあります?」
私は視界の端で、緒方が持っている黒い端末を見た。緒方が机の上にリーダーを置く。学生時代に使っていた小さなノートぐらいの大きさ。黒光りしたボディと液晶が私をにらんでいる。
私はリーダーを手に取り、電源らしきボタンを押した。パッと白い光がともる。見慣れた文字が浮かび上がる。

瞬間、私は体に電流が走った気がした。白い背景に無数の縦書き文字。
画面に映った文字の羅列が、私の目に飛び込んでくる。

” 朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、
「あ」
と幽かな叫び声をお挙げになった。”

私は、何かまずいものに手を出そうとしていると感じた。行ってはいけないようなところに行こうとしている。
私はごまかすように、小説読まないんじゃないの、と緒方に尋ねた。
「あ、なんか無料のやつがあったから、適当に落としたんすけど」
めまいを覚えながらリーダーを彼に返す。この小さな手帳みたいな端末の中に、何千冊という小説が入ると思うと、それだけで鳥肌がたった。家にいながらにして買えて読むことができる。私はこの書庫には来ず、家に引きこもってしまうかもしれない。
この便利さを知ったら、もう抜け出せない。私には直感的にそれがわかった。
<さおりさんが引いてるじゃないですか。どうせエッチなマンガとか入ってるんでしょう>
「ちげえよ。そういうのは俺はペーパー派なんだっつうの」
って何言ってんだ俺いやそんなことないっすよそれはないですあははは、と緒方があわててリーダーの電源を切る。私は明後日の方を向く。

きっともう少ししたら、私はあの端末を手に入れるだろう。本のことをもっと知るために。じぶんの内なる気持ちを抑えようと思っても、きっとすぐに手を出してしまう。
あの端末を手にしたまま、私は紙の本を愛し続けられるだろうか。膨大な書籍が置かれたこの書庫の中で、端末のスイッチを入れたりしないだろうか。

 

 

----------
〇参考文献・関連リンク
※1 国立国会図書館デジタルコレクション
※2 インプレス総合研究所
※3 電子書籍より紙の本で読んだほうが、内容をよく記憶できる life hacker
※4 「紙派だから」と言い出すキミは電子書籍をわかっていない

たまごライター:黒田なぎさ
kuroda四国在住のプログラマです。中学生のころから小説を書きはじめ、新人賞への公募はまだ数年。ジャンルはエンタメ中心で、「小説家になろう」にて小説を公開しています。修士(工学)専門は対話システム。お気軽に絡んでやってください\(^o^)/ Twitter:@KosugiRan

たまごたちの書庫

この物語の舞台は、とある市立図書館の地下書庫。ここでは女性型の人工知能搭載コンピュータLibra<リーブラ>が小説や出版に関するニュースの中から、小説家のたまごが気になる話題をお届けします。

企画の詳細、担当たまごライターの紹介はこちら

 - たまごたちの書庫 ,

ad pc

ad pc

Comment

  1. 電子書籍の話はたくさんありそうです。
    今回はとりあえず電子書籍の「読む側」の視点から。
    「書く側」「売る側」の話はまた別の機会に

    次回は「変わる本屋さん。パン屋さんと雑貨屋さん」
    ……にならないかもしれません。まだ未定です

  2. 個人的な比較

    ★ 電子書籍のメリット
    1.セールがいっぱいあって多読にはありがたい

    2.小説を模写などするときに、タブレットだと置いたままでできる
      紙だと広げて置けない

    3.書き込みが直感的でなくて、ハウツー本では微妙

    4.紙の古典のとき、小さな文字やぼろぼろの紙面で読めないときがある

    ★デメリット

    1.本の最後のあとがき、解説がなくなってる本が多い
    (作家さんの交友関係とか作品の解説がよめてわりと勉強になる……)

    2.本屋さんに行ってなんとなく探したりザッピングができない

コメントはお気軽に^^

  関連記事

同人イベントとあなたの執筆スタイル(前編) 〜たまごたちの書庫 第九話

(杉本さおり : 寡黙な図書館司書。作家志望) (緒方   : 20代のプログラ …

パン屋と雑貨屋と変わる本屋さん ~たまごたちの書庫 第五話

(杉本さおり : 書庫で1日のほとんどを暮らす図書館司書) (緒方   : 20 …

Tカードと図書館 ~たまごたちの書庫 第三話

Tカードと図書館 ~たまごたちの書庫 第三話 (杉本さおり : 書庫で1日のほと …

no image
お笑い芸人の本 ~たまごたちの書庫 第一話

お笑い芸人の本 ~たまごたちの書庫 第一話 <それ、よく貸し出しされますね。芸人 …

【こだわりのアイテム】執筆にこだわるための3つの手順/黒田なぎさ

【こだわりのアイテム】執筆にこだわるための3つの手順/黒田なぎさ (杉本さおり …

【登場人物の名前の付け方】ジャンルによって、名前はこだわろう/黒田なぎさ

【登場人物の名前の付け方】ジャンルによって、名前はこだわろう/黒田なぎさ (杉本 …

【最近読んだ小説】『作家の収支(森 博嗣)』と2つの作家タイプ/黒田なぎさ

【最近読んだ小説】『作家の収支(森 博嗣)』と2つの作家タイプ/黒田なぎさ (杉 …

【ストレス解消法】書くことがストレスになったとき/黒田なぎさ

【ストレス解消法】書くことがストレスになったとき/黒田なぎさ (杉本さおり : …

【執筆仲間の見つけ方】とある司書の日記/黒田なぎさ

【執筆仲間の見つけ方】とある司書の日記/黒田なぎさ (「たまごたちの書庫シリーズ …

【小説の読み方】3人の小説の読みかた/黒田なぎさ

【小説の読み方】3人の小説の読みかた/黒田なぎさ (「たまごたちの書庫シリーズ」 …