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Tカードと図書館 ~たまごたちの書庫 第三話

      2015/10/14

Tカードと図書館 ~たまごたちの書庫 第三話

(杉本さおり : 書庫で1日のほとんどを暮らす図書館司書)
(リーブラ  : PCに搭載された人工知能)
(緒方    : 20代のエンジニア)

 

「この図書館も、貸し出しでTポイント付けるってのどうですか?」
書庫の机についた緒方が頭をがりがりとかく。いつものTシャツとジーパン姿は寒いのか、今日の彼は紺色のジャケットを羽織っている。彼の指にはピンク色のカードが挟まれており、うちの図書館の貸し出しカードだった。
私は黙々と書架の整理を続ける。
「やっぱ杉本さんも、ポイントには反対すか」
「別にほかの図書館でも、貸し出しでポイントがつく図書館はあるわよ。たいてい借りれる数を増やすとか、栞がもらえたりするだけだけど」
あーそうなんすか、と緒方が感心したような素振りを見せる。机に設置されたディスプレイの画面が変わり、スピーカから少し固い女性の声がする。デジタルの世界に住む司書、リーブラだ。
<図書館カードのTポイントは、武雄市図書館のことですね>
そうそれ、と緒方が机にひじをつく。

<概要を説明しますと、
1.佐賀県武雄市で2013年4月から図書館開館
2.指定管理者にCCC(TSUTAYA運営)。スターバックス、蔦屋書店を併設。
3.書籍の販売と有料レンタルと貸出が可能。自動貸出機で借りるとTカードに3Pがつく
4.年中無休、開館時間9時~21時
5.貸出履歴が民間企業に蓄積される懸念
6.来館者はリニューアル前より3.13倍になる(スタバ等、他の施設の利用者含む)
貸出利用者は1.86倍、貸出冊数は1.41倍、市外からの利用者が32.1%(※1
7.2015年4月、リニューアル時の図書の大量廃棄が問題になる
8.7月、住民が市に対し、損害賠償を請求、住民訴訟となる
9.8月?、リニューアル時の不適切と思われる図書購入が問題になる >

私は腕を組んだ。この図書館のことは、どこも他人事ではなくなってきた。10月1日に神奈川県の海老名市立図書館がCCCでリニューアルされるが、この問題をうけて、議会で図書の選書がやり直しになった。愛知県小牧市では、10月4日に図書館リニューアル計画の賛否を決める住民投票になる。宮城県の多賀城市でも2016年にリニューアルする。これから指定管理者制度を使った図書館は増えていくはずだ。(※2
緒方が図書館カードを指の上でまわす。

「『指定管理者』ってなんスか」
<2003年ごろから始まったもので、公共施設の管理を民間などに行わせることです。2011年には、全国の図書館の1割がこれを導入しています。契約によりますが、図書の購入費や職員のお給料は税金のままです>(※3
「いま自治体はどこも財政が苦しいから、民間に委託したほうが安くて良いサービスができるんじゃないかってこと。図書館は図書購入とかでものすごくお金がかかるの。いちばん削られるのが人件費らしいけどなかなかコストダウンは難しいから、民間のノウハウがほしいっていう理由の方が強いかもしれない。
企業としては儲けが必要だけど、図書館は無料が基本だし、導入は難しいって言われてた」
「ははあ、ちょっとまちがえば、民間にまる投げってやつですか」
それはどうかわからないけど、と私は本棚にもたれる。

「武雄市図書館が、リニューアルのときにDVDとか郷土資料を捨てたってはまじですか?」
<情報がたくさん出ていてわかりませんが、いくつかの郷土文化誌が廃棄されたのは事実のようです。これが残すべき資料だったかはわかりませんが。あと廃棄されたDVD(ハリー・ポッターなど)は、併設された有料レンタル店の販売物と競合するからでは、と言われています>
「windows98の本とか、埼玉県のラーメンマップとかよくわかんない古本を買ったってのは?(※4)」
<それは事実のようで、CCCは書架からの本の落下防止などで費用が必要になり、図書費を減額したから、と答えています。購入した図書はすべて司書がチェックしていたということですが……>(※5 ※6)
図書館は新品の本を買うのがふつうだ。ただでさえ無料で小説を貸し出しているというのに、古本を買っては作者に印税も入らない。
緒方はぶるっと体を震わせる。

「おれ、ずっと思ってたんすけど、図書館の貸し出し履歴がヨソにばれるとなんでまずいんすかね?」
「『図書館の自由に関する宣言』っていう規約があるの。世界でもある決まりだけどね。Tカードを使って借りると、貸し出し履歴が企業側に残るかもしれないでしょう」
「んー? そんなに困ることですかねえ」
緒方がうんと伸びをすると、リーブラの声が響いた。
<じゃあ緒方さんがいままで図書館で何を借りてきたか、ここでぜんぶバラしましょうか>
緒方が目を丸くする。
「マジ、お前もしかして知ってんの? 履歴ぜんぶ?」
<冗談です。過去の貸し出しデータはすべて消去されてますから、わたしは知ることができません。図書館は本屋さんとちがって、貸し出しのために、多くの人の住所や名前を保持していますからね>
リーブラの声に緒方が歯を食いしばる。「なんかここで借りるのスゲー怖くなってきた」

私はため息をゆっくりつく。
「民間に任せて、開館時間が長くなったりカフェがついたり、いろいろ便利になるかもしれないけど、それだけじゃダメなの。図書館っていま、地域課題の解決に力を注ぐようになってるのよ。
長野県のまちとしょテラソっていうところは館内の雰囲気もすごくいいし、子どもが自由におしゃべりしていいところで、伊万里市図書館はイベントも盛んだし、全国から視察がどんどん来てる。
鳥取県立図書館はビジネス支援に力入れてて、Library of the Yearっていうコンテストで一番になったこともあるし、海士街の図書館は島ごと図書館にして、いろんな施設を分館にして市民の交流の拠点になってる。その街にあった図書館ができるのよ。
課題も目的も資料も、それぞれの地域で違う。ハンコ押したみたいに、どこにも同じ図書館つくってたらすごくもったいないと思うの」
「んー、でも大半の人は図書館に無関心っていうか、そこそこの図書館がありゃあそれでいいかっていう……」
「それが一番まずいのよ。興味のない施設はいずれ廃れる。いずれ誰も来なくなる。行政も重要視しなくなるし、そしたら予算も降りなくなるし蔵書も古くなる。図書館をよく使うのは、お金のない子どもたちよ。何十年も先のためにちゃんとしたものにしないと。
自分の街の図書館だけ見てると、これでいいかって思っちゃう。そうじゃなくて、色んな図書館を知っておけば、もっと良い図書館が欲しいって思う。それは民間でも市営でもどっちでもいいけど。
武雄市の図書館がうらやましいからあれをウチにも、じゃなくて、その土地ならではの図書館はできるのよ。市民がちゃんと参加してリニューアルすればできるの。となりの市とおなじ図書館なんて嫌でしょう?」

私が言葉を止めると、緒方が苦笑していた。
「杉本さんがマジだってことはわかりました。めずらしく」
別に、と私は口をつぐむ。彼にあれこれ言ってもしょうがない。
「この図書館はまあ、リーブラも人気だし大丈夫だな?」
<わたしも、利用者がいなければただのプログラムですよ。図書館の利用者がいてわたしの価値があります。利用者の要求がわたしの機能を強くします>
コンピュータのファンの音が静かに響く。私は手に持った図書を両手で抱える。

図書館は「知の拠点」であり、「情報の宝庫」だ。確かに知識はなくても生きていけるかもしれない。図書館がなくても生きてはいけるかもしれない。
だけど、知識は人を豊かにする。困難にぶつかったときに情報は人を助けてくれる。図書館はその地域を確実に豊かにしてくれる。自分の地域にもっと良い図書館が欲しいと思ったときは、まずは全国のいろんな図書館を知ったほうがいい。
そうすれば、自ずと答えは出てくる。

 

 

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※参考資料・URL
『つながる図書館: コミュニティの核をめざす試み』 (ちくま新書) 猪谷 千香 2014/1/
『未来の図書館、はじめませんか?』 岡本 真 , 森 旭彦 青弓社 2014/11/

※1 佐賀新聞2015年04月09日『武雄市図書館 ブーム落ち着き、前年度比12万人減』
※2 海老名市立図書館、選書やり直しへ 武雄市図書館問題が「飛び火」
※3 文化科学省 社会教育調査-平成23年度結果の概要
※4 武雄市図書館の選書でCCCが異例の「反省」 愛知県小牧市「TSUTAYA図書館」計画は住民投票へ
※5 CCC:武雄市図書館の蔵書について 2015年09月10日
※6 武雄市図書館が開館前にDVDを大量除籍 「館内併設のTSUTAYAに配慮?」との疑問の声に武雄市は否定
購入された資料一覧(pdf)

たまごライター:黒田なぎさ
kuroda四国在住のプログラマです。中学生のころから小説を書きはじめ、新人賞への公募はまだ数年。ジャンルはエンタメ中心で、「小説家になろう」にて小説を公開しています。修士(工学)専門は対話システム。お気軽に絡んでやってください\(^o^)/ Twitter:@KosugiRan

たまごたちの書庫

この物語の舞台は、とある市立図書館の地下書庫。ここでは女性型の人工知能搭載コンピュータLibra<リーブラ>が小説や出版に関するニュースの中から、小説家のたまごが気になる話題をお届けします。

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