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貸出猶予と図書館 ~たまごたちの書庫 第四話

      2017/02/13

貸出猶予と図書館 ~たまごたちの書庫 第四話

「おお、杉本さん」
私の心臓がドキリとした。書庫の入り口から白髪の中老が入ってくる。めったに見ない上司が仕事部屋に入ってきた時の、独特の緊張感がただよう。
「お昼はまだか?」
「あ、まだですけど……」
「駅前、新しいそば屋ができたの知っとるか? つきおうてくれんか」

めずらしいこともあるものだ。
昼の休憩時間、私はランチに誘われた。相手は意外や意外、この図書館の館長さまである。
彼は50代後半、図書館業界の中ではわりと有名な人である。学会で講演に呼ばれることもあるし、図書館雑誌での記事も何回か見る。
そんな人が、なぜ私を誘ったのか。ふだん彼は役職が近い人間とランチをとっていると思うが、部下を誘っているところなど見たことがない。もしかしてとうとう配置転換、と思い、私は胃のあたりに力を入れた。
館長の後についてそば屋に入り、私たちは向かい合って席に着く。

「大学の近くに最近できた本屋、なんやカフェもくっついとるんか?」
館長がメニューを開いてとろろそば、私が天ぷらそばを頼んだあと、彼がつぶやいた。
「ああ、最近ああいうの流行ってるみたいですね。ただの本屋さんじゃ本が売れないんでしょうか」
「本屋も必死やな。本だけやなくて、本を利用する場面や機会も提供せなあかん。図書館と似とる」
スーツ姿の館長は、気を抜くと関西弁がでる。銀色の腕時計をいじる。
「本が売れんのは誰のせいて、最近言われとるのは知っとるか?」
図書館のせいですか、と私が答える。そうや、と館長はあいづちをうった。
「まあ僕から言われたら何言うとんやって感じやけどな。キミはどう思とる」

私は瞳を左右に動かして思案した。なんとなく試されているような気がする。急いで頭の中から最近読んだニュースを引っ張りだす。
「わかりません。正直……本当に図書館が本の売り上げを下げているのか、はっきりしたデータがないのでなんとも言えないかなと。結論としては、新刊の貸し出し猶予と、副本を減らすくらいしかないと思いますが」
「ほうか」
館長がうなずいたとき、店員が2人前のそばをもって来た。とりあえず割り箸をわって食事に専念する。

「向こうは増刷ができん言うて、一部の新刊は1年だけ貸出猶予してほしい言うとる」
もともと10月末に、分科会で出版社が提言したのが始まりだった。「増刷できたはずのものができなくなり、出版社が非常に苦労している」(※1)。この議論自体は何年も前からあったが、昨今の図書館問題とも相まって注目された。そのあと図書館総合展という11月のフォーラムでも議論が熱く交わされている。(※2 動画

「出版社の気持ちも何となくわかります。出版社のもうけは売った数じゃなくて刷った数ですから、増刷がかからないとほとんど利益がでないようです。最近の本は増刷も苦しいですから、ほとんどの本は赤字で売っていることになる。じゃあどうやって利益を出すかというと、どんと売れて増刷がかかった本で利益を回収するんですね。(※3
そのなかで全国の図書館は何千とありますし、同じ本を何十冊も所蔵している図書館もある。図書館で無料で貸し出された分がもう少し購入に回ってたら、増刷できたかもしれない、と思われるのはまあ自然ですね」

そばをすする音がずるずると響く。館長の出す音はさわやかで、私の出す音は迫力がない。
「そんでも、はっきりしたデータはあるか? 図書館が売り上げを下げとるデータが」
「はっきりしたデータはないと思います。最近は図書館の数が増加傾向、書店の数は減少傾向ですが、いろんな要因がありすぎます。
もともと図書館を利用する人はお金を払いたくないか、払えない人たちですから、そんな人たちが購買層に回るかどうかはわかりません」
「いっぺん実験でやってみるっちゅうのはわかるけどなあ。こっちが動いて、結局増えたか減ったか、評価できんもんやってもなぁ」
そばつゆがあちこちに跳ねる。

私はえび天をひと口かじった。こんな状況でも頭の中で、おいしいと感じる。
「といっても、出版社もそんなに強く言ってきてるわけではないですし、これを強く主張しているのは作家側といううわさもあります。少し配慮してほしいぐらいのニュアンスだったと思いますが。『図書館が敵』だなんて思ってる出版社は少ないと思いますよ。メディアが煽ってるだけで」
「図書館の副本(複数所蔵)があかんいうことは、利用者の寄贈を募集するのもあかんということかいなあ」
どうでしょう、と私は口をつぐんだ。

「クレームいれてくるやつもおるけどな。うちは『火花』を7冊置いとるけど、予約は100件超えとる。たまに来るやろ、市民の読みたい本読ませるのが公共図書館言うてな。いちおう税金で動いとるし」
「そうですね……何回も借りられると本の痛みも早いですし(※4)でも作者や出版社にお金が回らないと、所蔵も文化もないですし……」
「需要があるやつはよう借りられる。そしたらうちの図書館の貸し出し数が増えて評価も上がる。評価が上がったら予算が増える。困ったもんやなあ」

店に設置されたテレビからかすかに音声が聞こえる。館長は「まあええねんけど」とお茶を飲んだ。彼だってそんな評価が妥当でないことはよくわかっている。
「もしいまこの本離れの中で、もっと本離れを助長するようなことになったら、それこそ終わりやなあ」
ぼんやりと館長がつぶやく。私は何と答えればいいかわからず、頭の中でぐるぐると言葉を探した。
そうかもしれない。けど、このまま何もしていなくても、出版不況は確実に加速する。座視しているよりは動いた方が良いと思う。

出よか、と館長が立ち上がる。館長は職場でうわさになるほどケチで、ほとんど部下におごったりはしない人だ。私は期待するのも面倒くさかったので、バッグから自分の財布を出した。
館長が席を離れながらぼそりとつぶやく。
「まあ、おごっといたるわ」
わたしは自分の耳を疑った。どんな心境の変化だろうか。職場に戻ったら自慢してもいいかもしれない。
ありがとうございます、と私はあわてて礼を言った。そばが入っているお腹をボンボンと叩いた。

 

 

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※参考資料・URL

※1 <a style="text-decoration: none;" href="http://www visit our website.asahi.com/articles/ASHBW64R4HBWUCVL01B.html” target=”_blank”>本が売れぬのは図書館のせい? 新刊貸し出し「待った」 朝日新聞
※2 第17回図書館総合展「公共図書館の役割を考える」(動画)
※3 シンポジウム「公共図書館はほんとうに本の敵?」
※4 一年間の新刊貸出猶予にあたって、図書館から出版社にお願いがあります
※ CDの1年レンタル禁止をして売り上げはそんなに変わらなかったという噂も

たまごライター:黒田なぎさ
kuroda四国在住のプログラマです。中学生のころから小説を書きはじめ、新人賞への公募はまだ数年。ジャンルはエンタメ中心で、「小説家になろう」にて小説を公開しています。修士(工学)専門は対話システム。お気軽に絡んでやってください\(^o^)/ Twitter:@KosugiRan

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たまごたちの書庫

この物語の舞台は、とある市立図書館の地下書庫。ここでは女性型の人工知能搭載コンピュータLibra<リーブラ>が小説や出版に関するニュースの中から、小説家のたまごが気になる話題をお届けします。

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Comment

  1. 匿名 より:

    まあ、難しい問題だと思いますよ。

    ですが、僕はこう思いますね。

    要は、読者がいるだけまだいいという事です。
    全人類が知る事を忘れてしまえば、
    必ず、戦争がおきます。

    しかも、一番タチの悪い戦争です。

    ですから、収入のどうのこうので争ってる方がまだましだと思いますね。
    以上。

               自称・アマチュア戯曲作家 岡本ジュンイチ

  2. 岡本さん、こんにちは

    この場合、教養のあるなしが戦争につながるというのは、歴史を見るとジョーダンではないところが怖いですね。

    ちゃんとした本を出すことができるのは出版社があるおかげですし、作家も書いていくにはお金が必要だし、そこにちゃんとお金が回れば、という感じですね。

    (今後は電子出版もあるので出版社は微妙なところかもしれませんが)

コメントはお気軽に^^

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