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パン屋と雑貨屋と変わる本屋さん ~たまごたちの書庫 第五話

   

(杉本さおり : 書庫で1日のほとんどを暮らす図書館司書)
(緒方   : 20代のエンジニア)

 

「先輩、お昼に駅前のブックカフェ行きませんか?」
午前の仕事が終わり、そろそろお昼休みというころ。閉架の本をカウンターに持ってきたところで、後輩の石水に声をかけられた。
予想していなかった誘いに私は眉を上げた。
「いいけど、なんで?」
誘うのになぜも何もないだろう、と自分でも思う。休憩は交代制なのでいつも昼食はそれぞれで済ませるし、第一、私を誘っても大して面白くはないと思う。
じゃあ一緒に行きましょうねー、と言って彼女は配架に戻っていく。

***

後輩の石水が誘ったそのブックカフェには、ベーカリーと雑貨屋が併設されていた。床もテーブルも本棚も木材でできた落ちついた雰囲気で、購入前の本もカフェで読むことができる。
私たちは読書をしに来たわけではないので、パンと飲み物を買ってテーブルに着いた。私のトレイの上には芋の蒸しパンとカスタードパイ、石水のトレイにはブルーベリーパイと洋ナシのデニッシュが乗っている。
窓の外の天気はどんよりと暗い。店内の暖房は効いていて、だんだんと頬が熱くなっていく。

私はコーヒーに息を吹きかける。石水は頬にパンをつめて口をすぼめた。
「先輩、このあいだ館長とお昼に行ったらしいですね」
「ああ……うん、緊張して食べるどころじゃなかったけど」
「ふたりでラブラブしてたんですね? おそば屋さんでラブラブ?」
石水は今年で2年目の職員で、背丈が私の胸ぐらいまでしかない。楽しそうにパンをかじっている姿を見ると、まだ大学生か、服装しだいで高校生くらいに見える。大学の成績は良くなかったと自分で言っているが、まじめな子だった。

「わたしの実家の近くにもこんなお店できてましたねー。田舎なのに」
「出版不況で本屋さんは大変よね。お店は昔の3分の1は減ったみたい(※1)」
「あーあ大変ですね。小さいころヘンな古本屋さんていっぱいありましたよね? もうなくなってますけど……あれはお店の人が年とったからかなーと思ってました」
今、ネット販売と電子書籍で、本は簡単に買えるようになった。本屋に行くには、わざわざ本屋まで足を運ぶ理由が必要になった。
「それって図書館もおんなじですよねぇ。こっちはタダですけど」

最近の本屋は、いろんな手でお客をお店に呼ぼうとしている。
海外文学の棚を充実させて特色を出したり、1冊1冊に詳しいPOPを書いてみたり(※2
店舗を改装して、トークショーや即売会のスペースを提供する本屋もある(※3)とくに全国チェーンでない、町の小さな本屋は実にいろいろな顔を見せる。ただ並べていれば本が売れる時代は終わったのだろう。
この店のように雑貨屋と組んで、その本をどういうときに使うか、ライフスタイルの提案したり、読書をする場所や空間の提供に変わっている。音楽業界でライブや握手会が人気になるのと同じように。

****

「んー! この洋ナシおいしい! 思ったよりやわらかいです」
彼女がつまんでいるデニッシュには、タマネギのような薄い洋ナシが乗っている。
サラリとした感触が私の舌の上でも感じられた。

「泊まれる本屋さんてできてましたね! でもそれなら家で読みますよねえ」(※4)
「さあ、ごほうびみたいなものじゃない? 週末でゆっくり過ごしたいときに」
本を売るだけなら、ネット販売が迅速に届けてくれる。情報をうるだけなら、電子書籍でかまわない。
出版の売り上げが減っているのに、出版点数(本の種類)は大幅に増加している。
種類の数が増えれば増えるほど、それを置くスペースが必要になる。本屋は置ける数に限界があるから、代わりにネットが有利になる。ネットでは検索もできる。
しかし今は逆に種類が増えすぎて、お客はどれを読めばいいのかわからなくなっている。それを提案するのが本屋の仕事か。

私がそんなことを話していると、石水の頬がゆるんでいた。私は首を振った。
「ごめん、変な話しちゃって」
「そんなことないです、先輩ってモノシリですねー」
「だいたい本か新聞の受け売りだけどね」
「緒方さんも言ってましたよ。そういう話をしだすと止まらないって」

意外な名前が出てきて、私は眉をひそめた。緒方は、いつも仕事中に書庫にやってくる若いエンジニアだ。
「いっつも書庫でなに話してんですかー?」
「別に、なんにも話してないよ」
「アレでしょう、きっと知的なおハナシをしてるんでしょう」
「書庫でそんなことしないわよ」

石水はにこにこと笑った。
「緒方さんて、杉本さんのこと気にしてるんじゃないですか?」
私はふっと吹き出した。まさか昼休みにこんな話が出てくるとは、物語の中のOLのようで、おかしかった。
「杉本さんと話すときの緒方さんの感じ、わたしと話すときと全然違いますよ? わたしいっつもバカにされるし!」
「逆かもしれないじゃない? 態度が違うのは、あなたに気があるのかも」
「えええ、それは困ります! なんですかその小学生みたいな態度は!」
石水の表情はころころと変わる。
緒方が私にちょっかいを出すのは、私が意識しなくていい女だからだろう。あいつはああ見えてかなりの小心者だと思う。

***

昼休みの終わりまであと15分となって、私たちは席を立って会計を済ませた。
外に出ると、冷たい風で体が震えた。店内との温度差もあって空気が冷たく感じる。
年末の足音が聞こえてくる。この時期は苦手だ。何か行動しないといけないと思うから。
「わりといいお店でしたね。パンもおいしかったし」
誘った手前、少し気にしていたのか、石水は安心したように笑った。

 

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※参考資料・URL

※1 書店数の推移 1999年~2015年
※2 遠くからでもまた来たくなる発見のある店 進駸堂中久喜本店
※3 京都の「街の本屋」が独立した理由
※4 ”泊まれる本屋”で至福の読書体験を。11月5日オープンの「BOOK AND BED TOKYO」インタビュー

たまごたちの書庫

この物語の舞台は、とある市立図書館の地下書庫。ここでは女性型の人工知能搭載コンピュータLibra<リーブラ>が小説や出版に関するニュースの中から、小説家のたまごが気になる話題をお届けします。

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Comment

  1. ・ ほかにも、「猫本」だけを集めて再生した小さな本屋さん

    ”町の小さな「売る気のない本屋」が猫本で生き残りをかける”
    http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20151014-OYT8T50157.html?from=tw

    ・ 本屋さんの本がほしいなら…

    「本屋さん」の本を読む
    http://nbnl.hatenablog.jp/entry/2015/12/05/232056

    ・どちらかというと図書館派なのですが、ブックカフェにも行くようになりました

  2. とても、情報が充実した内容だったと思います。

    すごく参考になりました。
    ありがとうございます。

    僕も地道に、
    アマチュア戯曲作家として生き抜きたく思います。

  3. 岡本 さん

    コメントありがとうございます。

    > とても、情報が充実した内容だったと思います。

    毎回、記事の取材はタイヘンなんですが、あまりたくさん引っ張ってもなあと、バランスに悩んでいます。
    よく創作の資料はたくさん読んでたくさん捨てなさいと言いますが、難しいですね

コメントはお気軽に^^

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