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【最近読んだ小説】『作家の収支(森 博嗣)』と2つの作家タイプ/黒田なぎさ

   

【最近読んだ小説】『作家の収支(森 博嗣)』と2つの作家タイプ/黒田なぎさ

(杉本さおり : 書庫で1日のほとんどを暮らす図書館司書。作家志望)
(リーブラ : 端末に搭載された司書型AI(人工知能))
「たまごたちの書庫シリーズ」の人物を使っていますが、未読の方でも大丈夫です)

 

***

<『作家の収支(森博嗣)』ですね、新しく配架されてましたね>

私がパソコンでその資料の概要を見ていると、突然スピーカーから声が聞こえた。
端末に搭載されたリーブラのボイスは、暗い書庫には不釣り合いなほどしゃんとしている。
<さおりさんはもう読まれたのですか?>
「まあ、そう」
<なるほど、本の内容はタイトルの通りのようですね、作家の収入と支出について、印税や原稿料、メディア化の際の料金まで書かれています。
あ、これは著者の過去の発行部数のグラフ、印税金額のグラフまでありますねえ。
過去の平均印税は5000万円以上ですか』
リーブラは一瞬で本のデータを読み取ったのか、ディスプレイに該当ページを表示する。私は椅子の上で足を組む。

***

<いわゆる暴露本かと思いましたが、内容は誠実というか質素ですね>
「誠実かどうかはわからないけど、暴露って言ったって、最近はブログに収入書いちゃう人もいるじゃない? 情報として価値があるんじゃないの。
作者も<他意はない。資料として使ってほしい>みたいなこと言ってるし」
<作者は森博嗣さん、代表作は『すべてがFになる』……ドラマ化もアニメ化もされたようですが、さおりさん見ましたか?>
「見てない。ってかこの作者のことよく知らないの。本がたくさん配架されてることは知ってるけど」
<けっこう異色の経歴の人のようですねえ>

森博嗣。大学工学部の助教授をしながら、初めて書いた小説を投稿して、30代後半でデビュー。毎年かなりのハイペースで刊行を続けていた超ベストセラー作家。本人は、金儲けのために小説を書いていると公言している。小説はほとんど読まないらしく、(どこまで本当かわからないが)異色と言えばかなり異色だ。

***

<またレファレンスで紹介するかもしれませんよ。どういう方むけですか?>
「んー。最初は小説家志望者むけかなあと思ったのよ。小説家を個人事業主だって考えたら、先例を知っとくのは普通かなと思って。
なんていうか、たとえばある日ラーメン屋さんをやりたいって思ったら、ラーメン屋を立ち上げた人の本を読むのは普通じゃない? 原稿料とか印税の相場を知っとかないと、自分の料金が高いか低いかもわかんないし」
<ええ、そうですね>
「でもさ、ラーメン屋は明日からでも出来るかもしれないけど、小説家って、明日なれるわけでもないし。語弊があるかもしれないけど、あしたデビューできるわけでもないし、作家になったあとに考えてもいいんじゃないかとも思ったのよ」

<なるほど……確かに、この本は志望者というより、いまプロになっている人か、デビューしたての方々にとって貴重な資料かもしれませんね。なかなか他人のお給料の事情ってわかりませんし、契約や取引で悩むことも多いでしょう>
「そう。少なくとも執筆のノウハウは全然書いてないから、そういう意味じゃ、同じ作者の別の本のほうがいいと思う(小説家という職業 (集英社新書)
ま、でも、面白かったけどね。こっちの本(同上)にはちゃんとデビューした後のプランも考えなさいって書いてあるし。この本は必然的に、作家の毎日の仕事とかがわかるし。この作者自体がおもしろい人だわ」
<そのようですね。作者は本は読まないと言ってますし、執筆はキライ、執筆は仕事であり好きなものではまったくない、と。
本好きのさおりさんとは反対の人ですねえ>

***

私は口元を手で覆った。
「そう、そういう人で……ああそういう人なんだ、って思ったけど。
この人は特別、って思うこともあるけど、でも、納得できる部分もあったのよ」
リーブラの言葉を聞いて、頭の中でもやもやしていた疑問が氷塊していくように感じる。
「よくある議論だけど、作家に求められる能力があって、読者の需要に答えるか、書きたいように書くか。『商業型』か『芸術型』かでもいいわ。自分の納得のいく作品を書くかでもいい。
で、だいたいのアマチュアは『芸術型』になると思うのよ。本当はバランスの問題なんだけどね。作家は7割くらいは読者のことを考えて、あとは自分の好きなものでもいい、ってどこかで聞いたけど」
<はい>
「需要にこたえないと本が売れないし、かといって好きでないもの書いてたら、執筆そのものが続かない。バランスをとるのが大事なんだけど、この人って、『商業型』の極地にいるんじゃないかと思う」
<ははあ、なるほど>
「だから、なんていうか、反対側にいる人から学ぶことはたくさんあるんじゃないかと思って。私もアマだし、どうせいつかバランス取らないといけないし」

<『商業型』だからこそ語れたのかもしれませんね。作品に愛があると、どうしてもお金のことは語りにくいですし。小説を『商品』として見ているからこそ、売り上げも客観的に見ることができる>
「そう、そんな感じ。こんだけ高額年収を書いて、イヤミを感じないのはすごいと思うわ」
私は思っていた疑問が解けて、ふうと息を吐いた。

***

<さおりさんって思いっきり『芸術型』の極致って感じですよね。プライドすごそうですし>
「……よく知ってるじゃない」
<読者のこと全然考えてなさそうです>
「最近はちょっと考えるようになったわ」
<編集者さんに『よくわからない』って言われて、「これがこだわりなのになんでわかんないの?」って怒りそう>
「…………」
<すみません仕事に戻ります>

私は椅子を引いて立ち上がり、PCの該当ページを落とした。
PCから気配が消える。辺りがしんと静かになる。

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→ たまごたちの書庫シリーズ(コラム連載)

※1 作家の収支 (幻冬舎新書)  森 博嗣 (著) 2015/11/28
※2 小説家という職業 (集英社新書) 森 博嗣 (著) 2010/6/17

 - たまごたちの書庫, 最近読んだ小説

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