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出版取次ってなんだろう? 〜たまごたちの書庫 第七話

      2016/07/25

出版取次ってなんだろう? 〜たまごたちの書庫 第七話

(杉本さおり : 地下書庫ではたらく図書館司書)
(リーブラ : PCに搭載された司書型のAI)
(緒方   : 20代のエンジニア。リーブラの製作者の1人)

***

 

「さおりさん、ちょっと前に、本屋がいっぱい廃業、ってニュースあったじゃないすか」

暗い地下書庫の中央、緒方がイスの上であぐらをかく。
私は運んできた資料を苦労して机の上に置いた。古い紙の匂いが部屋全体に漂っている。
「……いきなりなに。あなた早く帰りなさい。わたしは仕事が残ってるのよ」
「まあいいじゃないすか。仕事中じゃなきゃ、プライベートでバリバリ誘っちゃいますよ?」
はいはい、と私は資料の整理を続ける。おそらく私のほうが彼より10歳ほど上なのに、明らかにこの男になめられている。まじめに対応していてはだめだ。いつの間にか下の名前で呼ばれているし。

緒方は近くのソフトウェア会社でプログラマをやっている。会社の規定がゆるいことを利用して、ちょくちょくこの図書館にサボりにやってくる。図書館にはメンテナンスの必要な機器がたくさんあるので、技術者が入ってきてもおかしくはないのだが、この男が仕事をしているところは見たことがない。
Tシャツとジーンズ姿の若者が書庫にいると、違和感がぬぐえない。私はちゃんと髪を束ねて司書用のエプロンを着ている。

***

緒方が指をくるくると回す。
「出版社のなんとかってとこが自主廃業?か倒産?して、ほかの本屋がどんどん廃業になったって」
太洋社のこと? あれ出版社じゃなくて取次でしょう」
「トリツギってなんすか」
「出版の卸売業者みたいなもの」
「……なんすかそれ」
私は苦笑した。緒方はまだ20代前半だったように思う。開発にばかり携わっていると、営業や販売のしくみを知る機会が少ないかもしれない。

<わたしが説明しましょうか>
机の上に置いてある、ディスプレイの電源がつく。司書型の人工知能、リーブラのすがたが画面に映る。
桃色の髪の妖精。一般の利用者からも評判の良いマスコットだ。
リーブラは指を振り、画面にニュースサイトを表示した。

コミックに強い取次中堅の太洋社、自主廃業も視野に(2月5日)
太洋社に連鎖した書店の倒産・休廃業調査 15社(3月16日)

***

出版取次(販売会社)とは、出版社書店の仲立ちをする企業のことです。出版業界は主にこの3者によって成り立っています。
取次はおもに書籍の仕入れ・流通を担当しています。書店の本の仕入れ数を決めたり、書店から代金を回収して出版社に支払ったりして、金融の役割も果たします。出版社は全国に3000社以上ありますが、取次は40社あまりです。(※1 (株)トーハン、日販(株)など)>
「ん? 書店の本の数を決めるのは書店じゃないのか?」
<ええ、いろいろ種類があるのですが、出版社と交渉して決めたり、取次が決めたり、書店が決めたりします。本は毎日膨大な数が出版されますから、取次は書店の過去の売り上げデータと照らし合わせて配本数を決めます。もちろん足りない部数は、書店が追加で注文をします>

「流通とか仲立ちってよく聞くけど、それって必要なんすかね? シューカツのときによく聞いたけどさ」
<書店は全国に1万3000店舗以上あります。出版社がすべての書店といちいち取引していたら大変でしょう。出版社は本をつくるメーカーみたいなところですし、製造は製造で集中したほうが良いと思います>
フーン、と緒方が口をすぼめる。
<出版社が企画をたてて本をつくり、取次がそれを買って書店に売ります。これは一般の商品も同じですね。たとえば農家さんは、野菜を直接スーパーに売ってるわけではありませんね。あいだに卸売業者がいて、卸売業者がスーパーに商品を卸します。この場合、スーパーが書店(小売店)です。例外的に、流通業者を介さない場合は『直販』と言います>

リーブラのしっかりしたボイスが書庫に響く。まるで社員教育のビデオを見ているみたいだ。私はつぶやいた。
「いちおう、図書館には図書館専用の取次会社がある。図書館流通センター(TRC)って、このあいだ話したと思うけど。指定管理者の話のときに」
「ああ、あのツタヤのときすか。色々あるんすねえ」

***

「で、その取次の太洋社がハサンして、なんで連鎖してほかの書店が廃業すんだ? 取次を変えればいいんじゃないの?」
<書店がべつの取次会社に変更することを、『帳合変更』と言います。今回も太洋社が自主廃業するとき、帳合変更のお知らせが書店にでまわり、多くの書店が取次会社を変えました。
ところが、その帳合変更がうまくいかなかったようです。書店と新しい取次とで、契約内容が合わないこともあるでしょう。新たな契約で保証金が必要な場合もあるようです。払えなければ廃業になってしまうと (※2)>
うへえ、と緒方が眉をひそめる。

***

私は手を止めてリーブラに尋ねた。
太洋社は最初、自主廃業ですすめてたはずだけど、とつぜん自己破産になったよね。どうして?」
<自主廃業とはつまり、今あるすべての資産をつかって、すべての借金を返すことです。
まず全ての取引先から、まだ払われていないお金を回収しますよね。この場合、太洋社はまだ支払いをすませてない書店からお金を回収します。それを『売掛金』と言います>

「またわけわかんねー言葉が……売り掛け、ウリカケだな? まだ金をもらってないウリカケの状態だな?」
<まあそうです。今回、芳林堂書店という書店が、2月26日に破産手続きをしました。そのとき、太洋社に対して12億円の支払いを残していました。12億円を太洋社に支払わないといけませんでしたが、約8億円を払えなかったようです。
こういう、貸したお金が回収不可能になることを『焦げつき』と言います。今回は8億円の焦げつきですね>

「で、太洋社はその8億円の売掛金を回収できず、ほかへの支払いができなくて破産したと」
<そういうことですね。一応、太洋社は300法人・800店舗と取引をしていて、96.5%の帳合変更は成功したと発表していますが>
「じゃあ破産したのはその書店のせいか?」
<そこまでは言えませんが、破産につながるほど支払いを延ばしていた太洋社にも責任がある、という意見があります>
リーブラは手を振って、画面上のサイトを閉じる。
まったく、人工知能の頭の良さは、司書にとっては頭が痛い。リーブラ自身が私たちの首を絞めている気がする。

***

緒方は苦笑した。
「なんかわかったような、わからないような? 難しくて明日には忘れてる気がするな」
<――もう1度説明しましょうか>
「いや、わかった、大丈夫。さおりさんはわかるんですか今の話」
「まあ、一応。私も資料の注文ぐらいはするし」
「へー。俺も勉強したほうがいいんかな」

緒方は両手を頭の後ろに回した。
「ま、書店はどこもキビシーってことだよな。俺なんて電子書籍ばっか買ってるし、本屋と取次にケンカ売ってるようなもんだよな……」
緒方はもともと本を読まないらしい。読むならペーパーの本より、タブレットやディスプレイで本を読むほうが性に合っているという。
こういう人間が現れても不思議ではないと思う。どちらが良いか悪いかというより、性に合っているという人が。

「まだ読んでるだけマシだと思うわ。メルマガとか雑誌とかは読むわけでしょ?」
「まーそうですけどね。本屋かあ、あんまり行かなくなったなぁ。ガキのころは財布握ってマンガ買いに行きましたけどね。その本屋もいつかなくなっちまうんですかねぇ」
「……さびしい?」

どうですかね、と緒方が天井を仰いだ。
風船の空気が抜けたような、ため息の音が部屋に響いた。

 

 

たまごたちの書庫シリーズ(コラム連載)

★ 参考URL
※1 『新・よくわかる出版流通のしくみ』 トーハン
※2 太洋社に連鎖した書店の倒産・休廃業調査(東京商工リサーチ)
※3 基礎からわかる太洋社の倒産 自主廃業と自己破産、意味の違いとは?

たまごライター:黒田なぎさ
kuroda四国在住のプログラマです。中学生のころから小説を書きはじめ、新人賞への公募はまだ数年。ジャンルはエンタメ中心で、「小説家になろう」にて小説を公開しています。修士(工学)専門は対話システム。お気軽に絡んでやってください\(^o^)/ Twitter:@KosugiRan

たまごたちの書庫

この物語の舞台は、とある市立図書館の地下書庫。ここでは女性型の人工知能搭載コンピュータLibra<リーブラ>が小説や出版に関するニュースの中から、小説家のたまごが気になる話題をお届けします。

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