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Kindle Unlimitedとさおりの宇宙 〜たまごたちの書庫 第八話

      2017/06/06

Kindle Unlimitedとさおりの宇宙 〜たまごたちの書庫 第八話

(杉本さおり : 書庫で1日のほとんどを暮らす図書館司書。作家志望)
(リーブラ : 端末に搭載された司書型AI。グラフィックは妖精)

 

「もうすぐKindle Unlimitedが始まりますよ」
画面に映るリーブラはうれしそうに言った。
彼女は人工知能だ。デジタルで読めるものが増えるのはありがたいのかもしれない。

***

私は自分のまわりを見回した。私は漆黒の空間に浮かんでいた。
これは夢だな、とすぐに思った。頭がぼんやりとしていて思考がまとまらない。
頭上、足元、上下左右、遠くにはチカチカと光るものがあった。
「読み放題はもう8月から始まります」
目の前の空間に、映画のスクリーンくらい大きな画面が浮かんでいた。
そこには私が映っていた。この陰気な顔とパサパサの長い黒髪は、まちがいなく私のそれだった。
<あれ、あなたリーブラじゃ……>
私はとっさに手で口をおおった。自分の声が合成音声になっている。

「そうです。わたしとさおりさんの体が入れ替わりました」
私の姿をしたリーブラは笑った。
リーブラは、私が勤めている図書館の、司書型AIだ。いつもパソコンの中で、利用者に図書館の案内をしたり、資料検索を助けたりしている。レモン色の髪をした、図書館に住む妖精という設定。
ちなみに私は司書。どうやら私と彼女が入れ替わったらしい。自分の両手を見ると、きれいすぎるグラフィックだった。自分の体とはとても思えない。

「そちらの世界もなかなかいいでしょう?」
<これがリーブラの普段いる世界? 電子の世界は宇宙なの?>
「ウフフ、それより早く記事を検索してください」
リーブラは人さし指を振るまねをした。彼女の後ろには、私の職場である書庫が見えた。

私はその単語を頭の中で念じた。
すると、頭の中で膨大な量のテキストが流れた。私はそれをすべて読み取ることができた。アリの大群のようなイメージの中に、赤く光るテキストがあった。私がそれを“取ってこい”と念じると、すぐにニュースサイトの画面が目の前に現れた。

<Kindle Unlimitedは月額980 円、アメリカでは2年前にすでに始まっていたみたい。本のダウンロードし放題ってわけじゃなくて、一定の数を借りる方式。10冊より多くダウンロードするには、ほかの本を返さないといけない>(※1)
「ええ、なんだか図書館と似てますね。どんな作品が対象ですか?」
<うーん、なんとも言えないけど、アメリカでは大手出版社はあまり参加してないみたい。ハリーポッターとかは読めるらしいけど、日本ではコミック市場がどれだけ参入するかが重要、だって>
画面の中のリーブラは腕を組んだ。
「日本ではすでに、ほかの定額の電書レンタルサービスがありますね。コンテンツでどう差別化を図るかですが」
私は画面を指ではらった。暗闇のなかにニュースサイトが消えていく。

「アマチュア作家さんは、個人出版(KDP)が気になるところですね。読み放題となると購入はなくなりますから、印税はどうなるのでしょうか?」
<いまのところ、作品がダウンロードされただけじゃダメで、読まれたページ数によって収入が決まるみたい (※2, ※3)>
私は個人出版したことはないが、内容が重要ということか。
声以外は無音のはずなのに、耳のそばでごうごうと音が鳴っている気がする。

「これまでの、お金を払って本を買う、という最初のハードルはなくなります。内容は充実してるけど売れない、ということは減るかもしれませんね。最初に読ませるための宣伝は必要でしょうが」
<本の在庫っていう概念がなくなりそう。映画のDVDと同じで、所有するための本っていう意味が強くなるかもしれない。電子の読み放題で読んでから、ほしい紙の本を買うっていう>
「ええ、ですが、まだまだ紙の本が好きという方は多勢ですよ。そんなに良いものですか?」
うん、まあ、と私はあいまいに頷いた。リーブラは人工知能だから、本には触れない。わたしもどちらかというと紙の本派だ。なのにいま、紙の本がどんな感触だったか、どうしても思い出せない。
さっきから大量の文字データが頭の中で流れている。

「電子書籍といえば、さっきも言いましたが、電子図書館はなかなか日本では流行りませんね。ほかの先進国では広まっているというのに、なぜでしょう?」
<さあ。それぞれ図書館の理念も作られた経緯も違うし、いろいろあるんじゃないの>
「アメリカだのヨーロッパだの、『そちら』の世界では同じ点に見えませんか?」
私は目を細めて遠くを見た。確かに宇宙から見れば、地理的な距離などないに等しい。
<リ-ブラ、今日はどうしたの?>
「フフ、電子図書館が広まれば、AIのわたしがもっと活躍できるかと思いまして。あなたにおすすめの本はこれです、なんて」

****

私は何もないその場に腰を下ろした。私とリーブラの周りには闇しかない。
<このあいだ読んだ本の影響なんだけどね。日本じゃ『楽しい』とか『かわいい』が大事なんだって。多少キケンでもおもしろいからいいとか、娯楽があふれてるとそう思う>
「良いことではないですか。それだけ日本が豊かだということです」
<物書きのたまごの1人としては、ちょっと空しい>
「それだけたくさんのコンテンツがあるというのも、デジタルのおかげだと思いますよ」

とたんに、宇宙の情景は消え、私は古い書庫にいた。四方の壁には本棚が埋め込まれている。見上げると、天井が見えないほど上に本棚が続いている。
目の前にどさりと本が落ちた。私はあわててそれを拾った。
どこからかリーブラの声がする。ディスプレイは消えていた。

またどこかで本が落ちる。
<私はこわい。これだけのコンテンツの中で、自分の小説が埋もれないようにするにはって。しかも小説よ。アニメや漫画ならまだしも、文字だけの小説って。とても太刀打ちできない。きっと漫画に埋もれると思う>
「フフ、そうですね。埋もれてしまうかもしれませんね」
本がなだれのように落ちてくる。大粒の雨が降るように、本が私のまわりを埋めていく。表紙がぶつかったり紙面が折れたりする音だけはリアルで、耳がおかしくなりそうだった。私は部屋の真ん中でうずくまった。
<どうすればいいの>
「さおりさんには記憶があるでしょう。本に救われた記憶が。だから司書になったんでしょう。本の力を信じましょう」
手で耳を覆って目を閉じる。豪雨のようだった。
私はむかし、学生時代に部活でけがをした。入院中に読書に熱中して、本好きは現在まで至る。けれどそれは、どうでもいい理由だ。
<それはウソ。救われた記憶なんてない。私は本に感謝なんかしてない。私はどこかで、本当に本が好きな人たちに嫉妬してたの。だから違うのよ>

リーブラの声が部屋中にひびいた。
「今まで読んできた本もそうですか? あなたが読んできた本たちもウソですか?」
私は黙った。本音では、私は本なんか好きじゃない。でも、今まで読んできたことは事実。本が悪いわけじゃない。私の自信の問題だ。
<私はいつか押しつぶされる。私自身のプレッシャーに>
どさどさと積みあがっていく本の中で、私は埋もれた。
ひときわ重い本が私の頭に落ちてきた。
痛みで目が覚め、夢はそこで終わった。

寝起きに書庫の独特の香りがした。

 

 

たまごたちの書庫シリーズ(コラム連載)

※1 Kindle Unlimited 徹底分析: Kindle愛読家が知っておくべき12の重要な事実
※2 読み放題サービス「Kindle Unlimited」は書籍界の黒船となりえるのか?
※3 Kindle読み放題はじまるのでその前に同人誌を電子化しませんか? #アンリミケット

 

たまごライター:黒田なぎさ
kuroda四国在住のプログラマです。中学生のころから小説を書きはじめ、新人賞への公募はまだ数年。ジャンルはエンタメ中心で、「小説家になろう」にて小説を公開しています。修士(工学)専門は対話システム。お気軽に絡んでやってください\(^o^)/ Twitter:@KosugiRan

たまごたちの書庫

この物語の舞台は、とある市立図書館の地下書庫。ここでは女性型の人工知能搭載コンピュータLibra<リーブラ>が小説や出版に関するニュースの中から、小説家のたまごが気になる話題をお届けします。

企画の詳細、担当たまごライターの紹介はこちら

 - たまごたちの書庫

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