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同人イベントとあなたの執筆スタイル(後編) 〜たまごたちの書庫 第十話

      2017/06/06

(杉本さおり : 寡黙な図書館司書。作家志望)
(緒方   : 20代のプログラマ。図書館にいりびたり)
(石水   : 新人司書の女の子)
(前回の話 :3人で同人イベントに出展することに)

 

***

最初に会場に来たとき、静かだ、と思った。

イベントというのはもっと騒がしいものだと思っていた。
ここだけの特徴なのかもしれないが、私にとっては居心地が良くてありがたかった。
会場は、駅から歩いて5分の産業振興センター。体育館のような広いスペースに、300ブース分の机がずらりと並んでいる。入り口にはチラシ置き場と見本誌コーナーがあり、多くの一般参加者がぐるぐると机の周りをまわっている。
色々な意味で、変な光景だな、と苦笑した。どこかうれしい気持ちもあった。(※1 文学フリマ

***

「ブースは高低差をつけて、売り物を見やすくします。意外と机ってお客さんの目線より低いんですよ。本当はポスターがあるといいんですけど……」
ブース設営している後輩の石水は楽しそうだった。図書館での展示も好きにやっているから、こういうことが好きなんだと思う。今回の本づくりのときもそうだった。彼女は私の要望をちゃんと聞いてくれた。正直、私は聞くだけでげんなりするような作業の山だったが、彼女にとっては苦でもないようだった。

いつもの勤務先での図書館カウンターでは、基本的に受け身である。利用者が来たら対応する、というものだ。
だがブースでは受け身でいけないらしい。いや、座っていてもいいのだが、後輩の石水は積極的にペーパーを配るべきだと主張した。どうせ今回限りの出展なんだしとも思ったが、ぼんやりしていると本当に暇なので営業をした。
今回作ったものは文庫1冊、A5判の冊子が1冊、それぞれの帯とペーパー。どうせ今回限りなのに、とも思ったが、余ったら友人に配ります、と石水は言った。一緒に来ていた緒方は退屈そうにあくびをして、スペースから離れてしまった。

***

お昼前、会場外にはカレーとドーナツの移動販売車が来ていた。会場内まで漂ってくる匂いにつられて行列ができている。「お昼買ってきますね」石水は食料確保に行ってくると言ってブースを離れた。

「こんにちは」
婦人が来た。50代くらいだろうか、濃い茶に染めた髪を後ろで束ねている。あめ色の眼鏡のフレームがきらっと光った。
「読んでみても?」
私はうなずいた。婦人は見本の冊子をそっと開いて紙面を眺める。彼女の紫紺のカーディガンを見て、私の背筋がすっと伸びた。なぜか緊張してしまう人だった。
「普段から小説をお書きに?」
「そうですね。普段は講評会やったり、新人賞に出したり……」
「なるほど。道理で文章がしっかりしてらっしゃると思った」
私は思わず頭を下げた。悪い気持ちはしない。
「そちらも今日、出展されて?」
「いや、まあ……似たようなもんですかね。本はまあまあ作ってます」

机と冊子たちをはさんで、私と婦人は向かい合う。この妙な緊張には慣れなかった。私たちは店員と客の関係でもない。公務員と利用者の関係でもない。私が書いた本だけでつながっているだけの、すぐに離れてしまいそうな関係だった。
「私は今回、出展は初めてなんですけど、大変ですね。宣伝がかならず成果につながるわけでもないですし」
「こういうのは地道にやっていくものですからねえ、私も何回か出てますけど、芸人だってミュージシャンだって、ファンはコツコツつくっていくものだし」
「でもやっぱり私、本業は書く方で……あんまり出展とかは向いていないんじゃないかと」
あらそうなの、と婦人は口を丸く開けた。
「まあ、だからといってネットとか電子書籍が向いてるわけじゃないんですけど……製本や宣伝は私は何もやってなくて、後輩がやってくれたんですが」

***

「本を作って、得られたことはありましたか?」
婦人はそっと見本を閉じた。私は今日までの準備を思い出して、目の前の文庫を手に取った。
「たとえば、この本の表紙は知り合いの人に頼んですけど、どういうイメージにしますかって聞かれて、私はこの小説を純文学かなって思ってたんです。でも、その人が読んだら絶対に恋愛小説だと思ったって言うんです。外から見たらテーマが全然ちがうんだなって」
「フンフン」
「あと、本の帯を作るってときに、キャッチコピー考えてって言われて。私あまりそういうの考えないタイプなんで、そっちで適当に決めてって言ったんですけど、人に決めてもらうと新鮮ですね。自分のジャンルをはっきり意識したりするし、あと、宣伝の子に『この小説を買いそうな年齢層おしえて』って言われて、困りました」
「はは、まあ、難しいことだわね」
婦人はうんうんとうなずいた。私はこの人に何を話しているんだろう。石水がいなくなったので饒舌になっているのかもしれない。

私は文庫を机に戻した。
「でも、いろいろ聞いて大変そうだし、私は本を作るより、まだまだ書いて上手くならないといけないかなと」
「ストイックねえ。まあそれがあなたに合ってるならいいのかもね。どっかで聞いたんだけど、アスリートやミュージシャンは練習の仕方にパターンがあるけど、作家は100人いれば100通りの書き方があるんだって。だからあなたが好きなことをやればいいんじゃないかな。書くのが好きなら書けばいいし」

***

私は首の後ろを書いた。
「……でもそれが最近、書く方もなかなかうまくいかなくって」
「あらそうなの」
「小説を知れば知るほどやらなきゃいけないことが増えていって、嫌だなって思うことが増えてきました。これができないとだめなのかなって、それで書けなくなってきて、本末転倒なんですけど」
「あー……それは真面目な人ほど陥るポイントみたいね。やりたいようにやればいいと思う。同じことやってる作家なんてほとんどいないし、たとえば登場人物の設定表は書いた方がいいっていうけど、やり方までまねる必要はないと思うし。キャラクターの性格ができるまで下書きを書きまくるって人もいるし、ゲームシナリオみたいに会話を書いて決める人もいる。まだ編集者にプロット見せるわけじゃないんだし、面白くなる要素だけできれば、やり方は自由だと思う。だって小説ってほとんど個人で書いてるもの。誰かに仕様書見せるわけじゃないしね」
なんて、私も偉そうなこと言えないけど、と婦人は目を細めた。

「まあ、イベントの一番は、多くの人に会えるってことじゃない? 企業のブースだってあるし、この後の打ち上げに出てもいいし(小説家になろう×文学フリマ 文学フリマ×エブリスタ)」
「編集者と出会って、『火花』が書けるかもしれませんね」
「はは、そういえばここで決まったんだっけ(※4)」
じゃあこれとこれください、と婦人は私の本を指さした。私はお礼を言って代金と交換した。
婦人は本をバッグに入れ、同時にA6サイズくらいのチラシを取り出した。私は両手でそれを受けとる。
「こんど小説講座をやるんです。興味があったら来てみてね」
私はチラシをじっと見つめた。講座の主催者の名前は、どこかで聞いたことがある気がした。
婦人はブースの前から離れていった。私はしばらくチラシから目を離せなかった。

***

しばらくして、ナイロン袋を両手にぶら下げた石水が戻ってきた。
「さおりさん買ってきましたよー、スパイシーカレーとビッグなんとかナンのどっちがいいですか?」
「すごい匂いね」
私はさっきもらったチラシを二つに折って、バッグにしまった。すでに会場内にはカレーの匂いがぷんぷんしている。時間はお昼どきを過ぎそうだった。
袋から弁当を取り出しながら、石水は声をひそめて言った。
「それよりさおりさん、さっき聞いたんですけど、ここけっこう有名な作家さんが来てるらしいんですよ。直接話すチャンスなんてそんなにないですよね? 本買ったらサインもらえるかなー」
弁当からむわっと熱気を感じる。私は一瞬だけそれを見て、すぐに立ち上がった。
「ごめん、これ後で食べるから、お昼のあいだ、ちょっとだけお店の留守番たのめる?」
石水はカレーをほおばりながら、目を丸くして何回かうなずいた。私はバッグをつかんでブースを離れる。
空腹でお腹がへこみそうだった。カレーの匂いが鼻の奥にずっと残っている。
けれど、のんびりお昼を食べている状態ではなさそうだった。

 

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たまごたちの書庫シリーズ(コラム連載)

※1 第一回文学フリマ京都 開催情報(申し込み 10/20(木)まで)
※2 【小説家になろう】文学フリマ短編小説賞 開催のお知らせ
※3 「文学フリマ × エブリスタ 立ち読みカタログ」とは
※4 又吉直樹と『火花』担当編集者が出会った「文学フリマ」

 

筆者が実際に参加して感じた、メリットとデメリット。
準備の負担が重くなりすぎないように、楽しんで。

たまごライター:黒田なぎさ
kuroda四国在住のプログラマです。中学生のころから小説を書きはじめ、新人賞への公募はまだ数年。ジャンルはエンタメ中心で、「小説家になろう」にて小説を公開しています。修士(工学)専門は対話システム。お気軽に絡んでやってください\(^o^)/ Twitter:@KosugiRan

たまごたちの書庫

この物語の舞台は、とある市立図書館の地下書庫。ここでは女性型の人工知能搭載コンピュータLibra<リーブラ>が小説や出版に関するニュースの中から、小説家のたまごが気になる話題をお届けします。

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