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【たまごの物語:カルピス】夏の日のカルピス/yukarix4000

   

【たまごの物語:カルピス】夏の日のカルピス/yukarix4000

6月の陽光が窓から降り注ぐ1年3組の教室内で、松ヶ崎夏菜子は、右斜め前の席に目をやった。そこは、夏菜子の片思い相手、宮内清春の席だ。二人は高校一年生で、入学直後から夏菜子は清春に恋をしている。清春とは、時折話す程度の仲であることを、夏菜子は寂しく思っていた。もっと仲良くなりたい、と。
清春の席には、カルピスウォーターのペットボトルが置かれている。彼はカルピスを愛飲しているらしく、この光景はいつものことだ。そして、夏菜子もカルピスが大好きなので、同じペットボトルをよく買っていた。もちろん、清春が愛飲しているということのほうが、購入の理由としては大きかったけれど。
その時、夏菜子の脳裏に一つの作戦が浮かんだ。彼女にとっては、やや後ろめたいと感じられる作戦が。
まもなく、休み時間終了のチャイムと共に、清春が帰って来た。慌てて目をそらし、日本史の教科書をカバンから取り出す夏菜子。しかし、さっき浮かんだ作戦は、なかなか彼女の頭の中から去ってくれなかった。

それから1週間ほど経ったある日、作戦実行のチャンスは突然にやってきた。その日の4時限目は体育だったため、男子は全員更衣室へと足早に移動していく。女子はそのまま教室で着替えることとなっていた。
やがて女子の多くが着替え終わり、順次グラウンドへと向かっていくが、用事があって着替え開始の遅れた夏菜子は、みんなとは一足遅れて、まだ着替えの真っ最中だ。彼女のそばでは、親友の梢が待ってくれていた。夏菜子は梢に言う。
「梢、ごめんね。すぐに行くから、先に行っててくれるかな。先生が来たら、『用事で遅れる』って伝えてほしくて」
「分かった~。またあとでね」
そう言うと、梢はグラウンドへと向かう。教室内には、着替える夏菜子だけが残された。
やがて着替え終わった夏菜子の目が、ふと清春の机へと留まる。そこにはいつも通り、カルピスウォーターのペットボトルがあった。そして、先日頭に浮かんだ作戦を思い出す夏菜子。すると、頭で考えるより先に、身体が動いてしまっていた。素早く自分のペットボトルを取り出すと、清春のとすり替える。そう、これが彼女の思い描いた作戦だった。全く同じカルピスウォーターのペットボトルで、しかも残された分量もほぼ同じに見える。「清春君もきっと気づかないだろう」と彼女は思った。
彼女はそっとペットボトルをバッグへとしまう。同時にとてつもないほどの罪悪感が彼女を襲った。
ちょうどその時、4時限目開始のチャイムが鳴り、ビクッとする夏菜子。
「あ、急がないと!」
彼女は考え事をやめ、とりあえず大急ぎでグラウンドへと向かった。湧き上がる後ろめたさに苛まれつつ。

体育の授業が終わり、お昼休みへと入った。女子が全員着替え終わった後、男子がぞろぞろと教室に戻ってくる。その中には清春の姿ももちろんあった。梢と一緒にお弁当を食べている夏菜子は激しく動揺したが、つとめて平静を装う。「恐らく、バレないはず」という思いはあったが、やはり夏菜子は心配だった。
しばらく後、清春も席で友人たちとお弁当を食べ始める。もちろん、あのペットボトルをそばに置いて。梢とおしゃべりをしながら、どうしても清春のことが気になる夏菜子は、ちらちらと横目で視線を送る。すると、清春がちょうどペットボトルの蓋を取ってまさに飲もうとする瞬間に、視線をやってしまい、目が合ったわけでもないのにドキッとする夏菜子。
だが、清春は笑顔を崩さぬまま、少し飲むと、蓋を閉めた。全く気づいていないようなので、内心胸をなでおろす夏菜子。安心した夏菜子は幾分饒舌になり、梢との会話を楽しんだ。ところが、ペットボトルをカバンから取り出そうとする段になり、彼女は再び固まった。このペットボトルは……。しかし、あまりに長時間カバンの中に手を入れたままだと梢に怪しまれるので、やむなく取り出す。なるべく、「何気なさ」を装いつつ。
そして、そっとペットボトルに口をつける夏菜子。そこまでの後ろめたさを吹き飛ばすほどの不思議な喜びが身体を駆け巡った。「こんなことで喜んでいていいのだろうか」という思いは、彼女の中にあったけれど。

何事もなく迎えたお昼休み終了間際、突然、清春が夏菜子のところにやってきた。思わず固まってしまう夏菜子。すると、なんと清春はさっと手を伸ばし、夏菜子の……(実は彼自身のものだが)……ペットボトルを手に取る。「まさか、発覚したのでは……と、夏菜子は気が気じゃなかった。
「松ヶ崎もカルピスが好きなんだよな。俺もいつも、この同じボトルを買ってるぞ。おいしいよな?」
「え? あ、ああ、そうだよね」
普通の会話内容だったので、安堵する夏菜子。
そこから先は、カルピス談義で大いに盛り上がった。清春の話によると、幼い頃に胃腸の大病を患った彼は、水と点滴しか摂取できない苦しい時期を過ごしたらしい。そして快癒後に母に飲ませてもらったカルピスの味に心底感動し、その時以来ずっと愛飲しているそうだった。

この日を境に、それまでより頻繁に会話するようになった二人。その距離は急速に縮まり、約一ヵ月後、ついに交際を開始するまでに至った。ずっと片思いをしていた夏菜子にとっては、狂喜乱舞する思いだったことは言うまでもない。
しかし、付き合い始めてまだ一週間も経っていない七月のある日の朝礼前、深刻な表情をした清春が夏菜子を校舎裏へ呼び出した。清春の暗い表情を見て、胸騒ぎを感じる夏菜子。
「話って何かな?」
恐る恐る夏菜子が聞く。頭の中には、悪い予想が黒々と渦巻いていた。
「話さないといけないことなんだ。どうしても……」
清春は言いづらそうに言葉を切る。ますます夏菜子は心配になっていた。
「実は俺……。言ってなかったけど、入学直後からずっと夏菜子のことが好きで」
「えっ?」
夏菜子にとって、それは初耳だった。てっきり、最近急速に仲良くなれたお陰で、お付き合いするところまで来られたと思っていたので。でも、こんな話ならどうして清春は浮かない表情をしているのだろうか、夏菜子は訝しがった。
「それで……。夏菜子は気づいてないだろうけど、実は……。何度もペットボトルをすり替えたことがあるんだ。俺たち、同じカルピスウォーターのボトルをよく持ってきてるじゃん。それで、すり替えることを思いついて……。気持ち悪いよな。本当にすまない」
頭を下げる清春。
夏菜子は何よりも、その告白内容に驚いていて、しばらく言葉が出なかった。しかし、すぐに立ち直ると、微笑みながら清春に言葉を返す。
「気にしないでね。入学直後からずっと好きだったのは、私も一緒」
「え? マジで?」
「うん。それで、ペットボトルをすり替えたってことも、私も一緒」
おかしそうに笑いながら夏菜子は言う。
清春は「えええっ?!」と声をあげると、数秒ほど呆然としていた。
「そ、そうだったのか……。まぁ、その、あれだ。お互い様ってことで、チャラにしてもいい?」
悪戯っぽく笑いながら言う清春。夏菜子も明るく「うん」と答えると、二人は一緒になって笑った。
「あ……俺、今日の分、買ってなかった。自販機、行ってくる」
夏菜子にも何を買いに行くかはすぐに分かる。
「私もついていくよ」
二人はカルピスウォーターのボトルを買いに、校内にある自販機へと駆け出した。

作者プロフィール

yukarix4000
主に「ベリーズカフェ様(&野いちご様)」「小説家になろう様」「魔法のiらんど様」「pixiv様」にて小説を書いております(ベリーズカフェ様と野いちご様では、yukari4000名義です)。
好きなジャンルは、恋愛(純愛系)とミステリーとホラーです。よろしくお願いします。
Twitter:@yukarix4000

あとがき

初めましての方、初めまして。yukarix4000と申します。
テーマが「カルピス」ということで、「爽やかな恋愛」「夏の純愛」といったものを意識して書いてみました。私の中では何となく、カルピスにはそういったイメージがありますので。
こういう恋愛モノを書くのが大好きなので、しょっちゅう書いております。今回は特に、自分の書きたいものを、筆の赴くままに書かせていただいたような感じです。書いていて、とにかく楽しかったです。

どうでもよい私事ですが、作中に出てくるカルピスウォーターのペットボトルは、私もたまに買います。美味しいです、とっても。こんなことを書いていると、また飲みたくなってきますね。

前回、前々回にて書かせていただいた『庭の女』『緑柱石の髪飾り』のときもそうでしたが、今回もまた貴重な経験をさせていただきました。
読んでくださった皆様、誠にありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。

 - カルピス

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