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【たまごの物語:カルピス】水玉の記憶/秋月千津子

      2015/02/28

【たまごの物語:カルピス】水玉の記憶/秋月千津子

水玉が好きなの?
ヤスユキはそう尋ねる。
黒いキャンバス地にビビッドなピンクで水玉を散りばめ、真ん中には毒々しささえ感じる水玉だらけの花。私がよく持ち歩く鞄だ。彼は私のそれを指して、水玉が好きなの、と問うたのだった。
私は首を横に振る。
「違う、草間彌生が好きなの」
水玉のバッグは、前衛アーティストの草間彌生がデザインしたものだった。「水玉の女王」の異名を持つ彼女は幼い頃から水玉の幻覚に悩まされてきたといい、彼女の作品には常に水玉が描かれている。 ウェブ検索サイトのGoogleで「水玉おばさん」と検索すれば草間彌生の情報が出てくるくらい、草間と言えば水玉、水玉と言えば草間なのである。
「水玉が好きなんじゃなくて、好きな草間がよく描くのが水玉なだけ」
私がそう言うのに、ヤスユキは「ふぅん」と、わかったようなわかっていないような、あいまいな声で返事をした。
こういう時は大概わかっていないもので、実際彼はそれから30分後に寄ったコンビニで、カルピスウォーターのペットボトルを手に取り「これが良いでしょ? お前水玉が好きだもんね」と言ってのけたのだった。
だから水玉が好きなんじゃなくて、草間が好きなんだって。
心の中でそう呟きつつも、口では「あぁ、うん」とか適当な言葉を返す。まぁ良いか、と流して、水玉模様のペットボトルを受け取った。

草間の描く絵を好きになって、彼女のデザインしたものを買うようになって、結果的に私の持ち物には水玉のモチーフのものが増えた。そのうち、水玉模様が何となくいとおしく思えてきて、この頃は草間のデザインしたものでなくても水玉を使ったアイテムを身の回りに置くようになっている。いつも持ち歩くバッグと手帳は草間だけれど、手帳に差したペンは草間とは関係のない、単なる水玉模様のペンだ。自宅のカーテンもそう、布団カバーもそう、草間とは関係なしに、水玉を使ったものを好んで使うようになっている。
カルピスにもそういうところがあるんじゃないだろうか。
ヤスユキは結局、私が水玉好きだからと何か飲み物を買う時はカルピスを持ってきて、そうしているうち私も何となくカルピスを好んで飲むようになってしまった。
私はカルピスのペットボトルに巻かれたフィルムにプリントされた、淡い水色の水玉を見つめる。草間の描く水玉はもっと不揃いでどこか力任せで、こんなにきれいにそろった真ん丸の水玉とは、全く遠いものなのだけれど。
「お前って、カルピス好きだよなぁ」
隣りで彼がそう言い、車を出す。私は「うん」とうなずいた。
私の膝の上には草間のデザインした鞄が乗っている。黒いキャンバス地にピンクのドットのやつではなくて、ルイ・ヴィトンとコラボした革のバッグだ。赤い生地に黒で描かれた水玉。
隣りにいる彼はヤスユキではなくて、ヤスユキが好まなかった古い外国のロックバンドの曲を流し、適当な英語で歌っている。
私は名前しか聞いたことのないロックバンドの、何を言っているかわからない歌のリズムに乗って、なんとなく鼻歌を歌う。そのうちこの曲たちも、好きになっていくのだろう。
私はドリンクホルダーからカルピスのボトルを取り、一口飲んだ。カルピスは「初恋の味」というのがキャッチフレーズだったらしい。ヤスユキは初恋の人ではなかったけれど、確かに懐かしい味がした。

作者プロフィール

秋月千津子
アラサーにして小説を書くことをガチでやり始めた遅咲きのインディーズ作家です。たまごっていうには抵抗のある年齢ですが、気持ちはフレッシュ。よろしくお願いします。

あとがき

締切当日の15時にこのサイトの存在と募集を知ったのですが、どうしても書きたい話だったので急いで書き上げて応募しました。
カルピスっていうと、甘酸っぱいあの味が、なんとなく恋の味を思わせるし、どこか懐かしい感じがあると思うのです。
そんな訳で、少し懐かしく昔の恋を回想する物語にしました。

 - カルピス

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