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【ショートショート:男と女】雪絵さんと尊ちゃん/山田まる

   

雪絵さんと尊ちゃん/山田まる

尊(たける)ちゃんは、とても格好良い男の子である。

いや、もう二十三歳にもなる相手に向かって「男の子」なんて言うのは失礼か。
だが相手がほんの小さな子供だった頃から知っている身としては「男の人」なんて言うのはちょっと妙に照れくさい。

もともとは実家がお隣同士で、近所に他に年齢の近い相手もいなかったことから、私たちは自然とよく一緒に過ごすことが多かった。
尊ちゃんは私にとてもよく懐いてくれていて、尊ちゃんが思春期を迎えたら私なんてきっと相手にされなくなるんだろうな、なんていう私の予感はあっさりと裏切られた。
それどころか、その腐れ縁はお互いが実家を出て一人暮らしをするようになっても続いている。何故なら、尊ちゃんは私のアパートのお隣さんなのである。

大層過保護で私を実家から出したくなかった両親と、早く一人立ちして自由になりたかった私の喧嘩を尊ちゃんが取りもとうとしているうちに、気づいたら尊ちゃんがお隣さんならば一人暮らしを認める、なんていう話になってしまっていたのだ。
あんまりな巻き込みっぷりに、私はもう、尊ちゃんには頭が上がらない。
そんなわけで、私は私の出来ることで尊ちゃんに恩を返したいと常々思っている。

「尊ちゃん、いる?」
「います」

会社帰りに尊ちゃんの部屋の前で声をかけてみると、低い声が部屋の中から聞こえた。
今日は先に戻っていたらしい。

「これ、会社帰りに見つけて、すごく可愛かったからお土産」

私は綺麗に包装されたレースのハンカチを差し出す。
繊細なレースによって構成されたふりっふりのハンカチは、それで一体何が拭けるのか、という勢いで実用性に欠けるのだけれども、尊ちゃんはこういうものが好きだ。

そう。
尊ちゃんは可愛いもの好き男子である。

が、世の中なかなかうまくいかないもので、尊ちゃんの外見は非常に硬派だ。
日に焼けた小麦色の肌に、すらりと伸びた長身。
整った顔は若干表情に乏しく、無愛想に見えるが尊ちゃんはただの口下手だ。
自分が思っていることを人に伝えるのがあまり得意ではなく、何を言おうか迷いながら相手を見つめているうちに相手が威圧されてしまうのである。
そんなわけで、なかなか可愛いものを自分で買い揃えられない不器用な尊ちゃんに代わり、私は出先で可愛いものを見つけると、こうして差し入れてやることにしている。
ハンカチを受け取った尊ちゃんは、目元を淡く染めてとても嬉しそうだ。

「雪絵さん」
「何?」
「お礼に、今週末、買い物にいきませんか。俺、荷物持ちしますから」
「いいの?」
「はい」

尊ちゃんの気遣いが、とてもありがたい。
尊ちゃんが一緒なら、普段は小分けにして買うティッシュやトイレットペーパーといったかさばるものを買いたすこともできる。
近所に住んでいる会社の先輩が、買い物に行くなら車を出すとも言ってくれているのだが、さすがにそこまでお世話になるのは心苦しい。かといって一人で出かけて、大荷物を運んでいる姿を見られてしまうのも気まずいものだ。
その点、尊ちゃんが一緒なら安心だ。

「ありがとう、尊ちゃん。お礼にまた可愛いもの見かけたら買ってくるね」
「………………はい」

尊ちゃんの返事が、一拍か二拍ほど遅れた。
なんだろう、と首を傾げたが、何でもないです、と誤魔化されてしまった。

「それより、御夕飯、食べていきませんか」
「え、さすがにそれは悪いよ」
「雪絵さんの好きなシチューなんですけど」
「……食べる」

こうして、今日も尊ちゃんの誘惑に負けた私は、いそいそと尊ちゃんの部屋の玄関をくぐった。

■□■

雪絵(ゆきえ)さんは、とても可愛らしい人である。
全体的に色素が淡く、栗色の髪は癖っ毛でふわふわとしている。
そんな雪絵さんが可愛らしいスカートなどを着た日には、まるで砂糖菓子で出来たお姫様のようになるのだけれど、本人はそんな外見があまり好きではないらしい。
雪絵さんの外見があんまりにも「理想の女の子」だったせいで、周囲がその役割を雪絵さんに求めすぎたせいだと俺は思っている。
その結果、雪絵さんは高校を卒業して制服から解放されると、普段着ではスカートをほとんど着なくなってしまった。残念極まりない。

俺は、そんな雪絵さんの幼馴染みだ。
今年で二十三になった。
もともと実家がお隣同士で、小さい頃から雪絵さんに遊んで貰っていた俺は、こうして大人になった今でも雪絵さんにくっついて回っている。

……いや、なかなか大変だったのだ。

窮屈な実家での暮らしを嫌って一人暮らしをする、と言い張った雪絵さんに、お願いだからあと三年だけ耐えてください、と待ってもらい。その一方で雪絵さんの両親には、俺が一緒なら大丈夫です、との説得を根気強く繰り返した。この時ばかりは、三つの年の差が心底憎たらしかった。俺が高校を卒業し、実家から出て一人暮らしをする、という段階になって、ようやく俺に便乗する形で雪絵さんは実家から出ることを許されたのだ。
……俺のお隣さんなら、という条件つきで。

そのことについて、雪絵さんは何やら俺に罪悪感を抱いているらしいが、俺が好きでしていることなので気にしないでいいと思う。
むしろ、そうなる方向に俺が話を誘導したので、全くの無問題である。

「尊ちゃん、いる?」
「います」

部屋の外から、仕事帰りの雪絵さんの声がした。
玄関を開けると、冬の風に頬をうっすらと上気させた雪絵さんが立っている。

「これ、会社帰りに見つけて、すごく可愛かったからお土産」

そう言って雪絵さんが差し出してくれたのは、可愛らしい白いレースのハンカチだった。
俺のような男には不似合いだが、雪絵さんにはとても似合いそうである。
俺がハンカチを受け取る姿をにこにこしながら見守っている雪絵さんが可愛らしくて、うっすら顔に熱が昇る。

俺が可愛いもの好きだと思っている雪絵さんは、こうして俺が一人では買うのが躊躇われるような可愛らしい雑貨を、時たま差し入れとして持ってきてくれる。
俺の部屋が、一人暮らしの男に似つかわしくない可愛らしい雑貨に溢れている犯人は雪絵さんだ。別に俺も嫌いではないので良いのだが。

「雪絵さん」
「何?」
「お礼に、今週末、買い物にいきませんか。俺、荷物持ちしますから」
「いいの?」
「はい」

嬉しそうに顔を綻ばせて頷いてくれた雪絵さんに、内心ガッツポーズ。
この近所には雪絵さんの会社の先輩、だとかいう男が潜んでいて、買い物の手伝いなんて名目で雪絵さんを誘おうと手ぐすね引いて待ち構えているのだ。
ここまで来て余計な虫をつけてたまるか。

「ありがとう、尊ちゃん。お礼にまた可愛いもの見かけたら買ってくるね」
「………………はい」

ああ雪絵さん、違うんだ。
俺は別に可愛いものが好きなわけではないんだ。
いや、ある意味においてはそうかもしれないが。
子供の頃、雪絵さんから小物を貰って喜んだのは、それが雪絵さんとお揃いだったからだ。
今でも雪絵さんからの差し入れに頬が緩んでしまうのは、雪絵さんが俺のために買ってきてくれたのが嬉しいからだ。

俺は可愛いあなたが好きなだけなんです。

そう言えたら良いのに、なかなかそんな想いは言葉にならない。
そんなわけで。

「それより、御夕飯、食べていきませんか」
「え、さすがにそれは悪いよ」
「雪絵さんの好きなシチューなんですけど」
「……食べる」

こうして俺は、今日も幼馴染みの立ち位置で雪絵さんを胃袋から籠絡する。

作者あとがき

たまごライター:山田まる
writer_maru_100南国産の文字書き。「山田まる」として趣味で書きつつ、別名義で商業ライター。ゲームシナリオ、ドラマCD、WebSSやら雑誌用SS、舞台台本までわりと何でも屋。今度「山田まる」名義で本が出る。Twitter:@maru_yamada

 

今回テーマが「男と女」ということで、女性目線と男性目線から構成されるSSにしてみました。あとまあ、裏テーマとしては「女らしさ」「男らしさ」。ただそのあたりを深掘りするには三千字という規定が厳しかったので、あっさり風味です。

楽しんで貰えたならば幸いです!

 - 男と女

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