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【ショートショート:男と女】something hot , something sweet./徒川ニナ

      2014/12/14

something hot , something sweet./徒川ニナ

きぃちゃんは自転車に乗るのが下手くそだ。ペダルを漕ぐ度に身体が右に左にえっちらおっちら揺れて、よくバランスを崩している。
二十代も半ばを過ぎるのに一年に一度は盛大にすっ転ぶというのだから、それはもう何ていうか天性のものなんだろう。

きぃちゃんは生きていく上で必要なありとあらゆることが不得意で、少し目を離しただけでどうにかなってしまいそうな危うさがある。
得意なものは、料理とお喋り。好きな言葉は食べ放題。笑った顔がつぶれたアンパンみたいでとってもチャーミングな、俺の恋人、きぃちゃん。

「今日もさむいねぇ」
きぃちゃんは間延びした声でそう言いながら、二十型のコンパクトな愛車にまたがる。
「そうかな。俺は丁度いいけど」
「ハル君は重装備やからなぁ」
ネックウォーマーの上からマフラーを巻いて、頭にはニット帽を被っている俺の格好は、自分で見ても確かにちょっと厚着というか、過剰防衛だと思う。

「……変?」
ぼそっと尋ねる俺に、きぃちゃんは屈託の無い顔で笑いかける。
「ううん、可愛いよぉ~。雪だるまみたいで」
ひひひ、と笑った口元から鋭く尖った八重歯が覗いた。
いかにもあたたかそうなダウンジャケットとボンボン付きの帽子に包まれた自分の方が、よっぽど新手のけだものみたいな恰好をしている癖によく言う。

少しぶすくれた俺に、きぃちゃんは悪びれることなく更なる追い打ちをかけてきた。
「でも、コンビニ行く時はちょっと外した方がいいかもね。強盗みたいやし」
「……わかった」
短く返した俺は自分の首に巻いていたアクリルのマフラーを取り去ると、それをきぃちゃんの首にぐるぐるぐるぐる巻きつける。

「ちょっと、私はもういいよ。足りてるよ」
「いいから」
ふくふくのほっぺたがすっかりマフラーに埋もれたことに気をよくした俺は、颯爽と自転車を漕ぎ出した。
「あ~、ちょっと待ってよぉ」
きぃちゃんが少しふらつきながら、それに続く。

きぃちゃんの家族はとても厳しくて、未だに夜の十二時には帰宅しないと大目玉を食らうらしい。
俺は「この年でそれはどうなの?」と思わなくもないけれど、将来的にはきぃちゃんの家族ともうまいことやっていきたいと思っているので、彼女の家の意向に沿うようにしている。

だけどこうやって、きぃちゃんの作った料理を食べ、たまに聞こえてくる変な鼻歌に突っ込みを入れ、時にはいやらしいことをして愛を深めた後に彼女を家まで送り届けるこの夜道は、何とも物寂しいと言うか、気温以上に寒々しいと言うか、とにかく、俺のそういうセンチメンタルな部分をピンポイントで刺激した。

吐き出した息は次の瞬間に白く染まり、前進する俺達の頬を叩くようにたなびいては消えていく。
湿った空気は少しだけ温かかったけれど、鼻の奥と耳の先は冷気でツンと痛んだままだ。
――これだから冬は嫌なんだ。
花粉症だから春は憂鬱だし、夏は問題外っていうくらい大嫌いな俺だけど、消去法で冬の存在を許してやろうとはとても思えない。

きゅっと引き結んだ口元で、乾燥した唇の皮が突っ張るのがわかった。舌先で痛む箇所を軽くねぶると、特有の鉄臭さが口の中に広がる。
苛立ちとも呼べない、ささくれ立った感情の「兆し」が俺の中に募った。
信号は赤に変わり、俺達は交差点で停車する。

目の前を通り過ぎていく車のテールランプが、冬の空気に滲みながらゆっくりと尾を引いていた。
目が痛くなるくらいの赤もオレンジも今は等しく冷たく、他人行儀に俺の網膜へ語りかける。
そこに言語というものが介在することはないが、俺には奴らがどれほど無慈悲なのかよぅくわかっていた。

今も絶えず流れている幾つかの人工的な流星は、俺のささやかな願いなど叶えてくれる訳もなく、ただ残酷に俺の「今日」を攫っていくのだろう。
乾燥した眼球を潤す為に一度だけ意図的にまばたきをする。ゆっくりと閉じた瞼の裏で光る赤、オレンジ、そして眩い白色。

目を開けると、そこには溢れ続ける光の洪水があった。どこからかやってきて、どこかへ消えてしまう無数の灯り。
幾つかの色に照らされたきぃちゃんの睫毛が、まばたきに合わせてふるりと揺れる。色素の薄いその一本一本が、きらめきを宿しながら夜を見つめる彼女の瞳を優しくやわらかく縁取っていた。

「……ハル君はいいこだから、お姉さんがあんまんを買ってあげましょう」

暫く黙り込んでいたきぃちゃんがいきなりそんなことを言うので、俺は思わず彼女の顔を見つめてしまう。
わかりやすく笑みの形にひしゃげた頬には、くっきりとしたえくぼが浮かび上がっていた。きぃちゃんは低い鼻筋にくしゃっと皺を寄せながら、ハンドルを握る俺の手を手袋越しに握りしめる。

「好きやろ? あんまん」
俺はそのつぶれたアンパンみたいな笑顔をしばらく見つめながら、幾つかの言葉を口にしようとした。しかしそれらは全て「言葉」の形を成す前に消え去ってしまう。あてはまる型が無いのだ。今の、この感情を適切に表現する、そんな絶妙な日本語を、俺は知らない。

そのかわりに俺の手に重なったきぃちゃんの指を羊柄のミトン越しに掴んで、できるだけ優しく握り返した。
「なになに~? 甘えん坊さんやね」
きぃちゃんは機嫌良さそうにそう言うと、調子にのって繋いだ手をぶらぶらと前後に振り始める。

「ほら、信号変わったから行くよ」
俺に言われて渋々、といった感じで手を離したきぃちゃんは、通りの向こう側に見えるセブンイレブンの明かりに向かって一目散に走り出した。俺は少しだけ笑いながら、その後に続く。
「あんまん、あるといいねぇ」
「……うん」
きぃちゃんの皺くちゃな笑顔に小さくそう答えながら、俺達は夜の住宅街できんきらきんに輝く明かりの中へ飛び込んでいった。

例えレジ横のケースにあんまんが無くても、きぃちゃんは「ごほうび」だ何だとよくわからない理由をつけて、俺に甘くて温かい何かを買い与えるだろう。そのかわりにきぃちゃんの好きな飲むヨーグルトを買ってやった俺は、表のゴミ箱の横できぃちゃんとの束の間の時間を楽しむ。

全てのものを平らげたら、「おやすみぃ」と言いながらきぃちゃんは、くしゃくしゃの顔で必死に唇を尖らせる筈だ。そうしたら人の居ない間を見計らって一回だけキスをする。きぃちゃんはやっと満足して、自慢の愛車にまたがり、俺に手を振る。
「おやすみ。明日も頑張ってねぇ」
きぃちゃんの間延びした声に「おう」とも「うん」ともつかない微妙な発音で返してから、俺達は背中合わせにそれぞれの家へと帰っていく。そこまででお決まりのワンセット。

帰る道すがら、俺は自分がそれまでほど寒くないことに気が付くだろう。
胃の中で消化されゆくあんまんだったものと「何か」が俺の腹の底をほこほこと温める。

きぃちゃんにマフラーを巻きっぱなしにしてしまったことを思い出すのはもう少し後になる筈だ。
別に返してもらうのはいつだっていい。明日でも、一か月後でも、次の冬でも、そのまた次でも。

いつか今よりもっとずっと皺くちゃになったあのこが「忘れてたぁ」って言って笑ってくれたら、それだけでいいのだ。
全く悪びれないきぃちゃんの笑顔を眺めながら、俺は彼女より、もっとくしゃくしゃな顔で笑うだろう。
だらしなく、締まりの無い顔で、自分の幸せのありようを奥歯でぎゅっと噛み締めながら、声も高らかに笑っているだろう。

作者あとがき

たまごライター:徒川ニナ
writer_nina_1001987年生まれの静岡県民。自分の書いた文章を一人でも多くの人に読んでもらうべく活動中です。守備範囲は純文学からラノベまで浅く広く。時にエッセイも嗜みます。音として美しい日本語を日々研究中。Twitter:@adagawa_n

 

「ショートショートを書いて下さい」という依頼を受けた時、少し悩みました。
私はオチを付けるタイプの一般的な「ショートショート」があまり得意でなく、また、私の持ち味もきっとそこではないんだろうなと思っていたのです。

そこで、「解釈はご自由に」という言葉に甘えて、私なりの「超短編小説」を書くことにしました。
それがこの「something hot , something sweet.」というお話です。

お題は「男と女」。
これもまた悩みの種でした。
捉えようによってはどんなお話でもこのお題に当てはまるような気がして、「私にとっての『男と女』って何だ?」と自問自答を繰り返すことになりました。

出た答えは至ってシンプルです。
私は前日の夜に起こったことを、そのまま小説にすることにしました。
登場人物はその時一緒に過ごした恋人と、私。
勿論多少のフィクションは含まれますが、初稿の段階では何てことのない日記のような感じでした。

そこに私が自分の持ち味だと思っている「情景描写」や「心理描写」をエッセンス的に加えて、徒川なりの「ショートショート」が完成。
自分の日常に寄り添った内容である為、思い入れも強くなりました。

勿論若干とはいえない位の美化は含まれておりますが、「つぶれたアンパンのような笑顔」というのは我ながら言い得て妙というか、的を射てると思います。

そういえば先日、催促されてようやく、一年ものの借りっぱなしマフラーを返却しました。
きぃちゃんは何だかんだ言いながら一週間後くらいにはちゃんと返しそうですね。
そんな風にきっと彼らは彼らの時間を、ゆっくりと歩んでいくのでしょう。

 - 男と女

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