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【ショートショート:男と女】イメージ探し/彩葉

   

イメージ探し/彩葉

見渡す限り人、人、人。目を疑うような人の波。もしや大事件でも起きているのではないかと疑ってしまうほどに誰もが足早に進んでゆく。
電車から押し出されても、自分が地下にいるのか地上にいるのか分からず混乱を繰り返し……そしてやっと一息ついたところ。

スクランブル交差点なるものの歩行者信号が青になると、人が一斉に斜めの横断歩道を歩き出す。その歩みは止まることを知らない。止まってしまったら時間に間に合わないの だろうか。だったらもっと早くに家を出ればいいのに……と思うのはやはり田舎人故の思考なのだろうか。

どうも都会の人々の考えることはよく分からない。派手なファッション。きっちり締まったスーツ。膝丈よりもずっとずっと短いスカートの制服。多種多様な人々。
テレビで見たことがあっても、生で拝むのは初めて。何もかもが初めて。こんな異国のような地に、まさか一人で降り立つときが来ようとは。
空を見上げようとしても視界に映るのは無機質なビル。しかしそこがいい。私の好奇心を刺激する。
これが、都会なのだ。
手に持っていたスマートフォンに目を落とす。地下や人ごみの中などさぞ電波が悪いことだろうと思ったのに… …私の家の中よりも電波の入りがいい。不思議なことだ。
地図を表示させてこれから向かう場所を探す……ふりをする。
実はこの後何処へ行くのか全く決めていない。かといってむやみやたらに歩くことは危険を孕むだけ。ぼーっとしていて変な輩に目を付けられることも避けたい。
流石に、無計画すぎたかもしれない。

景気づけに一度地下へ戻った。当初の目的を果たす意味合いもある。もじもじとしていても何も始まらない。
知り合いの中では方向感覚に優れている私だが、それは地上での話。地下にこのような入り組んだ迷路があることは驚きでならない。それでも運よく店がずらりと並ぶ場所に辿り着くことはできた。
適当な服屋へ入り……あまり迷っ ていては都会人らしくないような気がしたのでマネキンが着ている服一式を選んでお金を払うと、着ていた全ての服と交換させてもらった。心機一転。躊躇いはない。

Tシャツに薄手のパーカー、デニムパンツというシンプルな格好から、フリルの付いたワンピースへ。靴もスニーカーからヒール付きのものへ。なかなかに上出来。前々から髪は伸ばしてあった。自分で言うのは少し恥ずかしいが、結構似合っていると思う。今この一人の状態では自画自賛するほか術がない。

そして、すぐ側にあったカフェに入って紅茶とシフォンケーキを注文。ここまでも完璧。理想像の完全再現。
先ほどと同じようにスマートフォンをいじりながら、落ち着いて今後の計画を練り始める 。このような駅内のお店ではなく、お高いビルの百貨店みたいなところへ行ってみようか。
お金ならたっぷり下ろしてきた。コツコツとアルバイトでためたお金。宿泊費も考えるとあまり無駄遣いはしたくないが、化粧品も買ってみたいところだし、美容院で髪をいじってもみたい。
地元にだって服屋や化粧品屋や美容院はある。けれど、どうせあの地でオシャレなるものを行おうとしたって……周囲に馬鹿にされるだけ。だから、ここへ来た。誰も知らないこの土地へ来た。
旅は恥のかき捨てという。少し意味は異なるかもしれないけれど、旅先に出向いてしまえば恥ずかしさなど捨ててしまえる。思い切ってイメージチェンジに踏み込める。
目指すは少女漫画やドラマや雑 誌に出てくるような『女の子』
可憐でおしとやかでおしゃれで可愛い女の子。流行に敏感な女の子。

どうか、どうか笑わないでほしい。
私は今までのボーイッシュと呼ばれる印象を捨てて、可憐な少女になるためここへ来た。

決して、悪ノリで男子を殴ったり、足を開いてベンチに座ってジュースをがぶ飲みしたり、講義中堂々と居眠りをして顔に痕が付いても気にしなかったり、ハエを素手で叩き落としたり、近所の悪ガキたちと共に走り回ったりそのようなことは……決して、決して決してないような。

男子が暴れていたらおずおずと止めに入って、ベンチに座るときには足を揃えて水筒に用意した紅茶を飲んで、大学にはちゃんと化粧をして登校 し、虫が寄ってきたら悲鳴を上げて逃げて、近所の子どもたちがはしゃぐのを微笑ましく見守りながら優雅に町を闊歩して……そんな人に……いや、それは流石に面倒くさいけれど、それでも私が変わりたいことだけは本当。

幼い頃ならばともかく、もうすぐ十代も終わりだというこの歳になってまでこんな生活を続けていることに、流石の私であっても危機感や屈辱感を感じる。

駅名で検索をして付近の店を探す。ちょうど大きな百貨店があるらしい。そこへ向おう。
行動力と決断力の速さは友人たちの中でもかなり早い……いや、普通女子という生き物はもっと優柔不断であるべきなのだろうか。

とりあえず勘定を済まそうと席を立ち大股で 歩き出そうとすると後ろへつんのめりそうになった。そうか、今はヒールの靴を履いているのだった。それに、ズボンではなくワンピースなのだから、ちゃんと注意しなければ中が見えてしまう可能性がある。
結構……面倒くさいことは多い。けれど、これは私が夢見たこと。
後悔など……あってはならない。あってはおかしい。あっても無意味。
前向きな思考を無理やり抱いて覚束ない足取りで一歩を踏み出した。

階段では先ほどの比でないほど時間をかけ、注意を払って上り、やっとのことで日の光を拝めると思ったが……先ほどとは一転、太陽の姿はない。
地下にいる間に曇ってしまったか。じっとりとした空気がまとわりつく。息苦しさで胸がもやもやとする。
折角おしゃれ をしたのに、気分が重い。長く伸ばした髪が今になって邪魔に感じる。

明確な目的を持って前に進もうにも、行く手を拒む人の波がもどかしい。波、という表現は優しすぎた。まさにそれは人ごみと呼ぶに相応しい。皆が重い思いに動くために波は乱れ、見るに堪えないせわしなさ。
よく見ると空は曇っているのではなく……高くそびえるビルがその日の光を遮っているだけらしい。
相変わらず斜めに線が引かれたスクランブル交差点。地元の押しボタン式の信号が懐かしい。
騒々しい。
ぺちゃくちゃと皆が遠慮なく喋り続けるものだから煩くて仕方がない。騒音だ。工場なんてないのに、鶏小屋もないのに、騒音で訴えたくなる。
きれいな四角い箱だと思い憧れたビル も、足元を見てしまうと急にその気は失せる。ゴミは捨てられ放題。申し訳程度に植えられた街路樹はわざとらしい。
大理石に書かれた定礎という文字はくすんでいる。一体いつに建てられたのかもう見えやしない。

「帰ろうか」
ポツリと呟いた。

私にはどうやら都会デビューは早かったらしい。早々に気が付いてよかった。階段をヒールで上った所為か、足が痛くて仕方がない。ちゃんとスニーカーを買い直そう。そして家まで直行だ。
都会にうんざりすると同時に、女の子像にこだわる気持ちまで失せてしまった。私は所詮田舎娘。田んぼに囲まれた土地を近所の子どもたちと走り回るくらいが性に合っている。
そうだ、そうに違い ない。合理化。自分の中に異論はない。

一人旅の末一泊もせずに自己完結か……少し笑えてしまう。これは笑い話として友人に広めてしまおう。
それがいい。
ああ、ただ……美容院だけは寄ってみようか。
この伸ばし過ぎた髪を切るために。

作者あとがき

たまごライター:彩葉
writer_iroha_100文字を書くことが生きがいの、未熟で未熟な小説家のたまご。新しいことにどんどん挑戦したい。依頼はいつでも受付中。現在は主に「pixiv」と「小説家になろう」にて小説を書いております。Twitter:@kotonoha_hutaba

 

 

今回のテーマは『男と女』
はい、『男と女』です。『男と女』
大事なことなので繰り返してみましたが、おかしいですね。そもそもこの話、女の子しか出てきません。

男と女。それを聞いて咄嗟に頭の中に浮かんだのは近年特に注目を浴びるようになったジェンダー問題。軽々しく男性像と女性 像を語るのは難しい。そもそも男性像、女性像という考え方自体が既に差別的表現を孕む可能性だってあるわけなのですから。
と、いうことで、性別に「らしさ」を求める必要はないというなるべく軽いサブテーマを敷き、ひたすらステレオタイプの女の子を夢見る少女の語りを書きました。男性視点は書けませんでしたが結論的には同じことです。と、言い訳しておきます。尺の関係で切られたという事実は伏せておきましょう。

ところで……私は物語中でそのキャラクターの思考について長々と書きますが、決して私自身の思考ではありません。あくまでその登場人物になりきっての考え方です。故にいつも大きく偏っています。ただ、その偏りをノリノリで書いているのみです。
読んでくださる方にもこの少女の歪んだ視点を楽しんでいただければ本望です。

では、あとがきはこの辺で。ありがとうございました。

 - 男と女

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