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【たまごの物語:男と女】朱に交われば白くなる/七瀬祈織

      2015/01/03

【たまごの物語:男と女】朱に交われば白くなる/七瀬祈織

寒空にぽっかりと浮かぶ、大きな雲は異様に白く見えた。
吐き出した息は白くて、長く尾を引いて空に吸いこまれる。冬は寒さと、苦い過去を運んでくるから好きではない。けれど彼女を思い出す季節でもあるから、あまりきらいにはなれないでいた。
「寒い」
かじかんだ指先を擦り合わせ、少しでも暖を取ろうと躍起になる。そんな健人の様子にくすくすと笑いながら近づいてくる女性がいた。
「こんにちは」
「……こんにちは」
手入れをすることが面倒くさいと常々口にする、美鈴の髪はストレートのロング。色はいじっていないのか、黒々としていて、雲とは正反対だ。
「先輩、帰るところですか?」
「うん、まあ。講義は全部終わったから」
吹きすさぶ風を受けて、瞬間宙にふわりと浮きあがった長い髪から、健人はすぐに目を逸らした。美鈴がきらいなわけではないが、直視するにはあまりに酷似しているせいだ。
「私も帰るところなので、一緒に帰っても……?」
「いいよ……」
断られる可能性など、微塵も考えていないような当たり前の顔で、美鈴は健人の腕に自分の細い腕を絡ませた。傲慢ではないけれど、それに似たものは感じる。美鈴は、そういう女性だった。
「美鈴ちゃんは、彼氏いるんじゃなかったっけ?」
「いますよ」
控えめに、ごく小さな声で問いかけた質問は、あっさりとそうだと告げられる。ではなぜ、健人の彼女のような表情を浮かべて、隣にいるのが当たり前だと態度で表すことができるのだろう。
「彼氏と、先輩は違いますから」
「僕には分からないよ」
振り払う勇気さえない自分の臆病さに嫌気が差して、健人は美鈴を視界から追いやった。街路樹にはイルミネーションが飾られ、もうすぐ訪れるクリスマスを頭に思い浮かべさせる。ただの電飾にすぎないのに、暗い空に覆われた場所では、道しるべのようにも思える、暖かい光の群れだ。
「彼氏にはむしろ、こんなことできませんよ」
柔らかく笑いながら、美鈴はそう口にする。『彼女』とはなにもかもが違うのに、美鈴といるとどうしても思い出してしまう。触るな、と拒絶したいのに、彼女に触られているようで、離したくない。随分身勝手だが、それは美鈴も同じだから、同じだけの力で返さずに、そのままにさせておく。
「じゃあ、僕にはどうしてできるの?」
「温かそうだから」
「僕は冷え性だから、温かくないと思うよ」
自分の冷え切った体よりずっと、美鈴の方が温かく思える。美鈴は知ってますよと笑うから、曖昧な表情のままで健人は空を見上げた。
これがよくあるラブストーリーなら、ここから大恋愛が始まるのだろう。けれど現実はどこまでも残酷で美しく、そして醜い。これ以上も以下もなく、二人分の体温はひゅうっと吹く風が徐々に奪っていくばかりだ。
「先輩」
「なに?」
自然な動きでするりと抜けた腕の感触が残ったまま、きれいな笑顔を浮かべた美鈴の顔を、ちらつき始めた雪の結晶が一瞬だけ、隠してしまう。
「さようなら」
小さく手を振る美鈴の口紅の朱から目が離せず、『彼女』が好んだ口紅の色とは違う唇が、いつまでも目の前をうろついていた。

作者プロフィール

七瀬祈織
二十歳を迎えるオタク女子。活字中毒で、執筆は人生と豪語する眼鏡フェチ。BLと純文学を愛し、描き続けていたいと願うばかりだ。

作者あとがき

過去に付き合っていた『彼女』に酷似している美鈴。彼氏がいるはずなのに、やけに思わせぶりな態度を取る。健人は美鈴に翻弄される自分を許容したいと思う一方で、『彼女』を思い出させる美鈴と離れたいとも思う。相反する思いのなか、曖昧な関係を維持するだけ――。
心に傷を抱きかかえて、後ろ向きに生きる自分がきらいで、少しかわいそう。悲しみに浸る自分に酔っているわけではなく、自分が許してやらないとあまりにせつない。私が好んで描く主人公の典型である。うじうじしていると捉えて、好かない人は案外と多いだろう。けれどあえて私が主人公にすえる理由は、誰しもが持っているものだと思うからである。
フィクションのなかにほんの少しのリアリティを。私のモットーだ。悲しくてせつなくて、苦しくて寂しい。前に進む勇気が出ないだけで、進む気持ちはある。そんな彼らに、現実を突きつけて、過去から脱却して欲しい。それが作者としての願いで、拙作を読まれる方になにかを残せたなら、それ以上の幸福はない。

 - 男と女

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