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【たまごの物語:100万円】恋のワン・ハンドレッド・ヱン/浦直人

      2015/04/23

【たまごの物語:100万円】恋のワン・ハンドレッド・ヱン/浦直人

彼女の提示した条件は<100万円>だった。
「どうかしている」と思った。しかし、恋にほだされた17才の僕はそれ以上にどうかしていた。
「中野さんのことが好きです。付き合って下さい」
中野帆乃夏は同じクラスの同級生だ。2年生のときに同じクラスになり彼女の存在を初めて認識した。そして僕は、直ちに恋に落ちた。
帰宅部の僕は図書委員会に所属していた。当番の放課後はいつも、本棚を整頓する振りをしながら3階にある図書室の窓から見えるグラウンド眺めていた。視線の先にはもちろん中野さんがいた。彼女は陸上部に所属して長距離走を専門にしていた。僕は、準備体操をしたり黙々とトラックを走ったりしている憧れの女子を飽きもせずに見つめていた。飽きるどころか、むしろ彼女への想いは日に日に増していった。
休日は苦痛だった。彼女の顔を見られないことは拷問に等しかった。彼女の幻影が僕の右脳左脳を支配しない日は無く、僕はどうにかなってしまいそうだった。
1年は空しく過ぎ去り、春休みに突入した。新学期を数日後に控え、僕は焦りに焦った。そして決心した、「もうコクるしかない」と。
そして4月8日、三年生の新学期初日。僕は人生初のいわゆる「愛の告白」をした。
中野さんは僕の言葉を3秒咀嚼すると、何を思ったか突拍子もないセリフを吐いた。
「100万円」
「え?」
僕は間抜け面で聞き返す。
「100万円くれたら付き合ってもいい。もちろん現金でね。卒業式までに。それが条件」
かぐや姫が求婚してきた公達に無理難題を要求したように、彼女は言った。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
「じゃ、私これから部活だから。もう行ってもいいよね。バイバイ」
そう言って彼女は、後頭部のポニーテールを跳ねさせながら校庭へ駆けて行った。
あとに残された僕の動脈はビクンビクンと音を立てて伸縮を繰り返していた。

彼女の出した「条件」は僕のような庶民的一男子高校生にとっては荒唐無稽な大金だった。しかし、彼女の言葉の真意はどうあれ、何としてでも金を工面すること以外に道は無かった。なぜなら僕は中野さんが好きなのだから。100万円なんて想像しがたいが、火鼠の皮衣や龍の首の珠ではないのだ。所詮は金の問題である。そんなことで彼女を諦めるわけにはいかない。愛>金なのだ。若い僕は本気でそう思った。
その日は委員会の活動は無かったが、中野さんと別れたその足で図書室へ向かった。僕はカウンターに座るが早いか、適当なノートを一冊開いて計算式を書き出した。
高校1年の頃から務めているスーパーの精肉売り場の時給は700円。平日は放課後から2時間勤務が限度だが、土日は最長8時間まで働ける。つまり、中野さんの指定した期限までに肉屋で稼げる最大金額は、
(700円×2時間×5日+700円×8時間×2日)×4週間×11ヶ月
図書室の備品の電卓がはじき出した数字は80万800円。だが、あくまでこれは理想に過ぎない。実際に週7日シフトを入れてもらえるとは思えないが、それでも夏休みなどの長期休暇は余分に稼げるはずだ。
しかし、これだけでは上手くいったとしても目標金額まで20万円ほど不足している。他に金を得る方法はあるか?
学生鞄から財布を取り出す。まずは現時点での所持金の確認だ。中に入っていたのは1000円札が1枚、小銭は全部で542円。目標金額の100万円から考えれば端金に過ぎない。自室の学習机の一番上の引き出し5000円あったはずだ。それとは別に自分のゆうちょ銀行の口座に4万円ほど貯金もある。
臨時収入はどうだろう? 現金を貰える可能性のある年中行事といえばクリスマス、お正月、それと誕生日くらいだろう。
クリスマスは中学までは母が何かしらプレゼントを買ってくれていたが、高校になってからは毎年現金で1万円をくれている。お正月は母と二人で田舎の母の実家に行く。大抵は祖母と母の兄(つまり僕の叔父)がお年玉をくれる。相場は二人合わせて5万円というところだ。祖父は3年前に他界した。他に近しい親戚はいない。ちなみに僕は一人っ子で、母は僕を産んですぐに離婚したので実父には会ったことすらない。そういうわけで、これ以上親戚からの援助は望めないだろう。それでも約10万円の期待値だ。残り10万円……。

次の日、僕はさっそく店長に頼み込んで、半ば無理やりシフトを増やしてもらった。それからはほぼ毎日アルバイト先のスーパーで働いた。
来る日も来る日もひたすらに鶏胸肉やら豚の内蔵やらをパックに詰めながら、僕の頭は残りの10万円をどうやって用意するかという課題でいっぱいだった。
ギャンブル? サラ金? 乞食? 路上パフォーマンス? カツアゲ? 強盗?
ミンサーから絞り出される、グラム70円の特売豚ひき肉みたいに安っぽいアイディアばかりが浮かんでは消えた。
綿密な犯罪計画を立てられるだけの頭も、親の財布から万札をくすねる度胸もなかったが、他人に相談しようとは思わなかった。誰にもこの馬鹿馬鹿しいがほんとうの努力を嗤われたくは無かったのだ。字義通りの孤軍奮闘だった。

9月28日の給料日で40万円貯まった。予想以上の好ペースである。僕はバイト先のロッカールームで、9月分の給料袋を握りしめて思わず小躍りした。
長らく靄に包まれていた僕の気持ちに希望の光が差した。卒業の3月までは残り約5か月。単純計算で、目標までひと月12万円だ。
その後も僕は、漫画やCD、果てはオーディオプレイヤーまで金になりそうなものは片っ端から売り払った。高校の入学祝に叔父がプレゼントしてくれた腕時計は、質屋でなんと2万円にもなった。洋服も比較的きれいなものはすべて古着屋に下取りに出した。休日はどうせほぼアルバイトだし、もとより遊んでいる時間も惜しいのだから、高校の制服とジャージだけで事足りるのだ。
昼飯も節約した。学校の購買は止めて、お握りと水筒を持参するようにした。

そして3月1日、運命の卒業式。
僕は、告白した日と同じ校舎裏にいた。目の前には、制服姿の中野さんが立っている。
僕は今日で最後の役目を果たそうとしている擦り切れた学生鞄の底から、分厚い封筒を取り出した。
「100万円、用意したよ」
彼女と言葉を交わすのは告白の時以来だ。
「え、何て?」
中野さんは目の前を歩いていた人間が突然消えたときみたいな顔で聞き返した。
「100万円中野さんにあげたら、付き合ってくれるって約束したよね。これ受け取って」
僕は1年足らずで、中野帆乃夏が提示した条件100万円を貯めることに成功したのだ。
青春が詰まった封筒を彼女に差し出す。
「ちょっと何、言ってるの? あんなの本気な訳ないでしょ?」
半歩後じさる中野さん。目は泳ぎ、語尾が微かに震えている。中野さんの表情には明らかな不安が刻まれる。初めて見る予想外な彼女の表情に僕も狼狽えた。
「だ、だって、中野さんがそう言ったから。ぼぼぼ僕は……」
「お金出せば付き合ってもらえると本気で思ったの、馬鹿じゃない?」
その時点で僕の頭脳はショートした。何故だか瞬きだけが止まらない。
「…………」
「じゃ、私もう行くから。ごめんね」
そう言い残して、中野さんは走り去っていった。
僕は、スカートから伸びる、長距離走で鍛えられた完璧な二本の脚を、彼女が校舎の角を曲がって見えなくなるまで茫然と見送った。
中野さんは第一志望だった東京の国立大学に合格した。僕はといえば、一応センター試験を受けたものの、箸にも棒にも掛からず浪人が決定した。これが愚かな青春の幕切れだった。

作者プロフィール

浦 直人
北海道出身。都内在住の大学院生。広義の「ホラー小説」を執筆中。
幼少期からのオカルト趣味と、大学で研究した哲学・心理学・精神医学の視点を掛け合わせて人間の「恐怖」を描くことをテーマにしています。
英米ロックと娯楽映画からの影響も大です。

作者あとがき

「100万円」というテーマ。まず考えたのは、その大金を使うのか、貰うのか、取られるのか、あげるのか、捨てるのか、もしくは貯めるのか、などとということでした。
結果的にこういうお話ができましたが、本当はもっと細かく書きたい部分がいくつもあったので、3000字以内に収めるのが大変でした。個人的にロング・バージョンも書きたいと思っています。

たまごの物語とは

与えられたテーマで、ショートショート(超短編小説)を執筆・投稿していただき、気になった作品を「小説家のたまご」にて公開させていただくコーナー。500~3000字と少ない字数なので、比較的短い時間で気軽に参加することができます。
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