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【たまごの物語:お金】ケチな男が変わる時/久里原 和晃

   

【たまごの物語:お金】ケチな男が変わる時/久里原 和晃

ベランダから信用金庫が見える。大学卒業後、就活に失敗した俺は群馬の実家にいる母にその信用金庫で働いていると嘘をついた。身近なものに置き換えると上手く嘘がつけると聞いたことがあったからだ。「身近」という意味を「近所」と勘違いしていたのに最近やっと気付いた。
母は喜び、ノルマがあるだろうからと俺に全財産を渡し、口座を作ってそこに預金するように言った。代理人が口座を作る時に必要なものをネットで調べ、窓口で用紙に母の名前を書いていると情けなさに涙が出そうになった。

実際はコンビニで週四日働くだけのフリーター。職を探すでもなく、家とコンビニを往復するだけの日々。風呂はなし、トイレは和式、そんな六畳一間の家賃は二万五千円。東京でこの家賃は破格だが、その分住み心地はそれなりだ。
貯金がない訳ではない。何もしなくても五年は生活出来るくらいの余裕はある。自他共に認めるケチな俺は、ほとんど金を使わない。物欲はないし、住むところにこだわりもないからここで充分だ。

彼女が一度、群馬から遊びに来たことがあった。玄関のドアを開けるなり表情が変わり、帰ってからはメールが減り、ついには音信不通になった。誕生日とクリスマス以外は食事を奢ってくれず、その場しのぎでギリギリの生活をしているような男に愛想を尽かすのは当然だろう。その夜は寂しくて寝付けなかった。
ケチが染み付いてしまっていて、就活する気にもならない。自分を客観的に見ると、絶対に関わりたくない人種だ。

宝くじでも当たらないかな……。そんな誰もがする妄想に逃げることもある。当たったら、投資用のマンションを買って、満漢全席を食べて、吉原の高級ソープに行って……考えるだけで楽しくなる。
プロオタクはアニメイトで爆買い、小さな娘がいるお母さんは娘が大好きな当たり付きの十円ガムを爆買い。詐欺師は男を騙す必要がなくなり、カツアゲされている少年はお母さんが箪笥にしまった生活費の入った封筒から札を抜く必要がなくなる。
そんな妄想をしていたら眠くなり、座布団を枕にして横になった。天井の電球がパチパチと点滅を繰り返しているのが視界に入ると、間もなく消えた。蛍みたいだったなどとかなり無理のある比喩を頭に浮かべながら、手探りでテーブルの上の財布と家の鍵を取った。電球をストックしておくほどマメではない。シャンプーも歯磨き粉もなくなってから買いに行く。男の一人暮らしなんてそんなものだ。
バイト先のコンビニにも売っているが、近いとはいえ店員割引がある訳でもないのに休みの日にまで行く気がせず、反対方向にある別のコンビニに向かった。
まだ夕方四時台だというのに外はもう真っ暗だ。一月に入って一層寒くなり、手袋をしないと自転車に乗るのが辛い。手袋といっても軍手だが、しないよりはマシだ。冷たい風が顔に当たって痛みすら感じる。面の皮は厚いというが、赤くなっているのが見なくても分かる。

「いらっしゃいませー」
店内に入ると同時に大学生風の男性店員の威勢の良い声が聞こえた。エコ活動なのか、それほど暖房は効いていないが外と比べれば充分に暖かい。
電球はすぐに見付かった。コンビニではあまり売れないからか、電池やスマホの充電器が並ぶ電気小物の売場の下の方にひっそりと並んでいた。隣にはLED電球がその数の倍ほど並んでいる。白熱電球は今やカセットテープと同じように廃れてしまっているのかもしれない。
「電球ですか?」
いつの間にか横にいた店員に声を掛けられた。
「あ、こんにちは」
「こんにちは」
いつも接客が丁寧で笑顔が可愛い、俺と同年代の女性店員だ。ちょくちょく買いものに来ていたら覚えてくれて、レジで声を掛けてくれるようになった。上の名前は名札で「さとう」だと分かっているが下の名前は分からないので、元気な笑顔とポニーテールを黄色いシュシュで束ねている姿から、勝手に「ひまわりちゃん」と心の中で呼んでいる。
「ええ、ちょうど切れちゃって」
「それならLED電球がオススメですよ! 長く保つみたいだし!」
手に取ってパッケージを俺に見せる。ギザギザの吹き出しに「長寿命!」と大きく書かれている。ひまわりちゃんが勧めるのなら……と思ったが、価格が白熱電球の十倍もする。
「ちょっと高くて買えないかな……」
「でも、長い目で見ればむしろ安いですよ?」
スパンコールが反射させる光のような眼差し。

店を出た俺は、LED電球と、セール中だからとレジでひまわりちゃんに勧められた肉まんを手にしていた。
家に着き、キッチンで外の寒さで冷めてしまった肉まんを齧りながらLED電球のパッケージを眺めた。
とにかく、ケチなはずの自分の行為に驚いた。可愛い女の子に勧められるまま高価なものを買い、腹が減っている訳でもないのに食べものを買った。変われるかもしれない。ひまわりちゃんのことをそれほど気に入っているのかもしれない。あの子と一緒なら……。

いよいよシューアイスのように冷たくなった肉まんをねじ込むように口に放り込むと、リビングにある膝下くらいの高さのテーブルに乗り、照明のカバーを外した。溜まっていた埃が目に入るのを手で拭い、切れた電球を外してLED電球を差し込んだ。しかし、なかなか上手く入らない。ネジのように右に回してみるが、斜めに入ってしまったのか安定しない。

数分の間手こずっていると、玄関の外で足音がした。
ガチャッ。
「ういーっす、お疲れー」
手が離せないので姿は見えないが、友人の鈴木だということは声ですぐに分かった。こんな安アパートに入ろうなんて泥棒はいないだろうと普段から鍵を掛けていないから、いつも勝手に入ってくる。
「おい! 何やってるんだ!」
突然鈴木が大声を出した。同時にドタドタとこちらに向かう大きな足音がする。
「え? なんだよ、うわっ!」
テーブルの上にいる俺の後ろから腰に両手を回し、そのまま投げっぱなしジャーマンを決めた。高さがあったから雪崩式ジャーマンか。俺は後頭部と肩をリビングの壁にぶつけ、意識は失わなかったものの、頭上に星が回っている感覚に陥った。
「何するんだよ! モロに決めやがって……」
「どうして自殺なんかしようとしてるんだよ?」
「自殺……? はぁ?」
「暗い中でテーブルに乗って、それ以外にあるか?」
なるほど、一理ある。キッチンの明かりだけでリビングのテーブルの上で背伸びをしている後ろ姿は、確かにそう見えなくはない。
「電球を換えてたんだよ!」
「電球? あ、あぁそう……ごめ」
「これから死のうって人間がLED電球にするか!」
そんなケチなツッコミが即座に浮かんでしまった俺が心を入れ替えるのはいつになるだろう。とりあえず、明日もあのコンビニで肉まんを買おう。

作者プロフィール

久里原 和晃
都内だけでも軽く2万人はいる、性格も顔も特徴のないサラリーマン

あとがき

続きが思い浮かばず途中で書くのをやめたものです。この後のことはご想像に委ねますが、私が思うに、彼女にフラれ、変われずに終わるんじゃないかと思います。
長編にするのであれば、なんだかんだあって最後はハッピーエンド、という展開にしないと続かない気がします。文才のない私には思い浮かびません。
みなさんならどんな想像をするのでしょう?

 - お金

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