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テーマ:執筆仲間は敵か味方か

      2015/03/23

今回のテーマは、ここでは意見が片寄ってしまうのかもしれません。

仲間が少ないから仲間をつくる

良くも悪くも、小説家を目指す人はそう多くはないので、身近なところに同じ趣味を持つ仲間がいる方は少ないと思います。

だから自然と、twitterやFacebook、mixiなどのSNSであったり、小説家になろうやエブリスタなどの小説関連サービスを通して、執筆仲間を作ろうとします。

お互いの小説を読んで感想を言い合ったり、情報交換を通して技術やモチベーションを高め合ったり、励まし合ったりでき、やがて心強い存在になっていきます。

感謝はやがて義務になる

汐月さんのインタビューで、「大きなコミュニティに属した状態で自身の作品に感想を頂くと、『あ、返しにいかなきゃ』となってしまい、時間がいくらあっても足りない(中略)かといって、感想を頂いて放置するのは自らの精神に負荷を負う」という意見がありました。

これには、心当たりがある方も多いのではないでしょうか。

小説家になろうの作家さんによく見られるのですが、twitterでRTを利用した相互宣伝活動はわかりやすい例だと思います。RTされるお礼にRTする、これが積もり積もって、気がつけばRTやお礼リプの応酬に毎日1時間使っている、という方も少なくないでしょう。

汐月さんの指摘の通り、度が過ぎると結果的に小説に向き合う時間が削られてしまい、小説を楽しむつもりのはずが本末転倒な結果にもなりかねません。

貴重な時間を奪うものは、執筆活動の敵である

小説家を目指す者にとって、執筆時間を確保することは非常に大切です。作品は書くことでしか生み出されないし、書き続けることで文章力は上がっていきます。

そして書くためには、時間が必要です。1日の時間は限られていますから、1時間1分1秒が貴重なのです。

その貴重な時間を奪うものは、執筆活動にとって潜在的な敵であるとも考えられます。

どう思いますか?

あなたは、執筆仲間を作ることについて、どう思いますか?

ご意見がある方は、コメント欄にご自由にお書きください。みんなで意見を、交換しましょう。

*気になるご意見を出していただいた方には、後日インタビューのオファーをさせていただくことがあります。

 - たまごの意見(全員参加型) , , ,

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Comment

  1. 匿名 より:

    仲間は大切です。敵になるだなんて考えられません。

  2. 「執筆する」という行為に挑む動機次第なのではないでしょうか?

    現代の日本が、伝統や格式よりも自己表現の多様化を推し進める風潮で、程度の差こそあれ“自分以外の異質”も認めましょうよ、という流れに既になってきている。
    ならば、それに伴って動機の多様化があって然るべきだと思うのです。

    どんな創作活動・表現活動にも産みの苦しみというものは存在する筈です。そして、その苦しみを負って尚、それをするに値する動機があるかどうかの判断は本人にしかつけられないものでしょう。

    執筆とは『筆を執る』こと、筆を執るとは『書く』ということ、書くということは『伝える』ということです。
    そして本来、『伝える』ということは一方的なもの。そこに相互的な意思のやり取りはなく、執筆者は『伝える』こと、読者は『受け取る』ことしか出来ない筈なんです。少なくとも「小説」単体では……。

    今回の問題提起は、「小説」単体ではなく、それにインターネットという技術が付随させたモノに対してであるような気がします。
    それを踏まえて考えたとき、自分は“互いの動機”を尊重出来る方がいるならば、それは執筆仲間であり、それ以外の方々は“敵ではない”けれど仲間でもないと思います。
    ……確かに、個人的にも、感想が欲しいと思うことはありますが、何かの見返りに感想をいただいてもそれが本当に感想なのかは甚だ疑問なのです。
    それが善きにせよ悪しきにせよ、感想とは感動の結果ではないでしょうか?
    また、逆に、感想がなくとも感動は生まれているのではないか、とも思っています。

    コミュニティーを楽しむという動機で執筆している方がいるのは大いに結構なことだと思います。表現する側・したい側の動機に貴賤なんてないのですから。
    ただその繋がりの結果、他者の持つ動機を侵したり、自己の持つ動機を曲げたりするのは何か違うのではないかなあ、と。

    そんなことを、思いました。

  3. 佐多亨 より:

    実際、其れ程執筆に影響はしていません。

    作品其のものに感想を述べる事には、さほど皆さん重きを置いていないですね。

    コンスタントに出版が出来る立場では無い事もありますが…

    書き続けるモチベーションを得る為の刺激としての執筆仲間は、情報を得る手段としても必要だと思います。

    サイトで仲間の作品を…云々に時間を使う…?

    其れは既に執筆の仲間では無いのでは無いでしょうか?

    そもそも、執筆の仲間に告知や閲覧を望む意味がわかりません。

  4. 神威遊 より:

    昔も今も変わらず、同じ道を目指す者はみんな敵として捉えています。
    人の作品を読む時も結局勝ち負けを前提として読んでいますし、そうでなければ創作なんて個性が突出しないとも考えています。
    仲間意識は毛頭ありませんが、戦友としての仲間……であるのなら理解出来ます。
    共に戦った、または同じ土俵で鎬を削った者同志であるのなら、傷を分け合う者になるでしょう。

    ですが、根底にある敵意は常に持っておきたいです。
    敵意のない人間とは同じ空間に居たくないとも思ってしまいます。

    もちろん、それは作家というものを自分なりにでも真っ直ぐ真剣に思っている同志……という前提ですが。

    「ああ、あの人書籍化したんだ。おめでとう」
    と人の成功を喜ぶより、

    「ああ、あの人書籍化したのか。ちくしょう」
    と思い切り悔しがれる自分でありたいと、常に思い続けています。

    一時的な共同戦線、情報のやりとり、コミュニケーション。
    それら全てが他を出し抜くための算段であってほしいです。

    とかこんなことを言うと多方面で後から怒られるのですが。(ニヒルな笑い

  5. 匿名 より:

    敵とか味方とか、そんなんじゃないですよね。べつに他の執筆者に関係なく書きたいことは依然として書きたい訳ですから。そういう、ちっさい考えに縛られるのはナンセンスと思います。
    敵でなく味方でもなく。読者候補くらいなものですかね。

  6. ためごろー より:

    敵ではないですね。小説書いている人が近くにいると、やっぱり嬉しいです。でも、あまり深くは関わりたくはないです。敵か味方かといえば、味方ですね。

  7. 執筆仲間は味方です。
    会話を交わすことで新たなネタやエピソードが湧いてきます。執筆仲間に動きがあると、こちらのやる気も出てきます。

    ウエブサイトの交流と執筆仲間の交流とが、このたび一緒になっちゃっていますが、ツイッターやブログなどの交流は、たしかに時間を取られます。
    でも、執筆仲間との交流とは別モノであり、それは使う本人のサジ具合ではないでしょうか。

  8. 匿名 より:

    敵か味方かしか他人と関係が持てないなら、好きな方をお選びになれば宜しいかと。

    昔の作家も普通にコミュニティーに入ったり作家同士の集まりがあったと記憶します。時に支援し、お互いに批評し合い、敵愾心を持ち合う。文豪のプロフィールを見て、私はそういう風に感じていたんですが違うのかな。

    義理と癒着と友情は区切りつけた方が良い気がしますね。

    私は友情は後付け。でも知らない相手でも誠意持って人と接したい。少なくともTwitterでは。

    そして物書きとしてモチベーション維持のための刺激として、創作関係の方々と交流持ちたい。

    でも書く時間ない程リツイートなんて、義理や癒着もしくは依存では。それで保てる関係って如何程のものでしょう。

    私は作家片っ端からフォローなんざしないし、支援も程々です。
    そこは自己責任というか、自分の器で決めれば良いかなぁと。

  9. 葉月瞬 より:

    というか、義理を通り越して義務に発展するのはいかがなものかと。

  10. 執筆仲間は全て味方、あるいは全て敵、という考え方はちょっとどうかと。

    他人の小説を真剣に読んで、真剣に感想を書くのも自分の小説力を高める事につながります。
    かけた時間の分だけ自分の成長に繋がる相手もいるし、そうでない相手もいるでしょう。

    前者に限ってなら味方と呼んでもいいと思います。
    インタビューにあった、義務感で感想返しに行くパターンは後者に近いのかもしれません(前者ならむしろ喜んで感想返しに行くはず)。

    けれど、最優先は自分の執筆ですからね。

    結局の所、相手がどうこうよりも自分の考え方だと思います。
    「あの人が感想くれたからお返ししたいけど、今は忙しいから後にしよう」と割り切って自分の執筆に専念できる、ある種のドライさ。
    これが執筆仲間を味方にするために必要な物ではないかと思います。

  11. 「敵か味方か」って言葉はなんだか争う前提のような感じを受けますね

    「あいつには読者がたくさんいる」そんな嫉妬もあったりするでしょう、「あいつよりも良い評価をもらってる」そんな優越感をいだくこともあります

    でも人様と比べ比べ、まるで百人組手みたいに「あいつを超えた、次はあいつだ」、そうやって闘争心ばかりで書くのもいかがなものか

    人様と寄り添いあって、「相互評価しましょ」、そうやって評価を得て自分をデコるのもいかがなものか

    私はぶっちゃけ執筆仲間自体がいない方がいいんじゃない?それくらいに思ってます

    人気欲しさに媚び売りごますり、中々に大変でしょう

    モノカキを志した由縁は人と自分を比べる為、そんな人はほとんどいないのではないでしょうか

    自分の描く世界を人と共有したい、そんなある無邪気な想いだったりしなかったでしょうか

    独りを恐れず自分を自由にしてれば、きっと小さな存在には人から見えないのではないでしょうか

    そんなワケで、私は執筆仲間を作ることもないんじゃないって思ってます、敵味方なんていない方が伸びると思ってますし

  12. 龍田環 より:

    執筆仲間には敵味方とは思ったことはないです。書きたいことがあるから書いている同志のようなもの、いい意味でのライバルだと思っています。だって仲間ですから。
    互いに交流することで輪が広がって、自分が楽しんで作品が書けるようになればいいけれど、変なコミュニティ意識が生まれて「感想をもらったから感想を返さなきゃ」ってなるのは、何かが違う。お義理で感想もらって、嬉しいですかね?それって、今後の参考になりますかね?
    私が気にするのは、自分が属している執筆仲間からの閲覧要請よりも、読者からの感想です。仲間の動向に気を配るくらいなら、自分の執筆のことを考えていたいですね。

  13. どっちかを選ばなければならないなら「敵」ですね。
    敵意むき出しでもありませんが。

    執筆仲間は相互関係じゃなくて、一方的なフォローでいいと思うんです。
    「こいつはなにをやっているのかな」「こいつのレベルはどのくらいだろう」って気にして覗きに行く。
    相手に察知されたら負けです。偵察は失敗。
    気づかれないように技術を盗んで自分の作品をレベルアップさせていく。
    そうしないと差が開いたままか、追いつかれるかしかないと思っています。
    だから「敵」です。

    情報共有については、利害一致の一時的な同盟ですかね。
    全てを提示して安心できる関係ではありません。

  14. Reed より:

    対人関係の基本と同じで、敵にするのも味方にするのも自分次第だと思います。

    自分は執筆仲間は100%いたほうがいいと思います。理由はいくつもありますが、自分では自分のことも自分がどう見られるかもわからない、というのが一番の理由ですかね。

    余談ですがパイの取り合いって意味で小説家は敵足り得ないと思います。小説界に限らずですが、一定の技量をもつ者がプロとなれる世界だと思います。

  15. 投稿サイトやSNSでのつながりはお互いに「営業」の面が多分にあると思うので、純粋に仲間とは思ってませんが、敵とも思ってません。
    色々なサイトにたくさんの小説家のたまごさんがいることは素直に嬉しいし、刺激ももらえます。
    そのなかの誰かがデビューを決めたとしたらそれも刺激のひとつ。
    悔しさもあるでしょうが、それは相手への敵意ではなく、自分に足りなかったものに対してです。
    仲間でも敵でも、自分のモチベーションを上げてくれるのならどちらでも歓迎です。

  16. にわとり より:

    管理人のにわとりです。少しだけ、補足を。記事を読んでいただければわかりますが、ここでの敵か味方か、とは、”ライバルか”という意味ではありません。”自分の執筆活動に対して”敵となりうるかどうかの、問いかけを意図しています。さて、いかがでしょうか。引き続き、ご意見お待ちしています。

  17. 執筆仲間は敵か味方か・・・同じ事をしている人と言う認識。

    が、やはり上位にランクのある人をみると「いつか自分も・・・!」とは思う。

  18. 執筆にも癖がでてきますので、自分が書いているだけでは見抜けないところを執筆仲間なら互いに指摘することができると思います。そういう点でいえば仲間です。

    しかし、記事にもあるようにそれが弊害となる場合もありますが、ここで大切なのは邪魔をしないことだと思います。
    始めに一文『お礼RTなどはできないことがある』と明記しておけば反感を買うことも無いと思います。
    それでも、文句を言ってくる人がいるならば……それは、自分にとっての『敵』となる人でしょう。

    つまりは、互いにとって過干渉になりすぎないやり取りができる存在でありづける限りは仲間であり、やりすぎると、害を及ぼしてくると敵になる存在。
    それが、執筆仲間ではないでしょうか。

  19. 山田まる より:

    時間泥棒、という意味では敵かもしれないとは思う。
    まるはわりと人のリアクションが見たくて書いている部分があるので。
    それってまあぶっちゃけると承認欲求であり、ツイッターやSNSなどでの交流でそれが満たされてしまえば、書く意欲が薄れてしまうことはある気がするなあ。
    いわゆる駄サイクルもそこから派生して生まれてしまっている気がするまる。

    ちなみにその辺りは、駄サイクルや交流が悪いってわけじゃなくて、何が目的なのかによると思う。
    文字を書くことを「楽しみ」たいのなら、文字を書くことで味わえる自分なりの楽しさを求めるのが正解だと思うので。

    まるはその辺り適当で薄情なので、「書く<交流」の時はどうしてもブッチできない〆切じゃない限りは交流を楽しむし、逆に「書く>交流」の時はリプ蹴り上等な感じでほとんどツイッターに出てこなくなるし。
    そういうサイクルを交互にどちらも楽しみながらやっているので、今のところは「敵にもなりうるけれども上手に付き合っているモノ」といった感じかな、と思っています。

    管理人さんが聞こうとしていることってこういうことかな、と思ったんだけれども、ズレていたらごみんなさい!

  20. 菊池川詠人 より:

    明らかに敵だと思います。
    執筆仲間の定義が「その人への義理を果たすために自分の執筆時間を削らねばならない相手」という事なら、そういう仲間を持つという行為は「自分自身の執筆活動にとって」敵以外の何物でもない。
    私にもSNS上でそういう仲間に見える人はいますが、交流や相互RTなどは執筆しない時間にしかやりません。
    私は気分が乗らないと小説の執筆はしないタイプですので、書こうと思えば書けるが時間が中途半端だったりという時に、あくまで暇つぶしのためにSNSでの交流や知っている作家の宣伝RTをします。
    私も複数の投稿サイトでそれなりに知られていますが、感想や「いいね!」みたいなクリックをもらってもお礼にも行かないなんて「不義理」はしょっちゅう。
    ですが、それで離れたファンや読者が減った作品は、私の場合は記憶にありません。
    以下は私の実体験から言える事ですが、相手がプロの編集者やそれに匹敵するサイトの運営スタッフでない限り、義理を果たすなどデビューに関しては無意味です。
    まだ小説投稿サイトという仕組み自体が新しかった頃なら、そういう行為に意味があったかもしれませんが、現在では編集者に評価してもらえない低レベルな作品を相互宣伝で売り出せる事はまずないでしょう。
    サイトの運営者も読者である一般ユーザーも、作品に対して目が肥えてきているので、素人同士の相互宣伝などが程度の低い作品を世に出す事などありません。
    自信のある作品が認められないと思うなら、別なサイトに投稿してみるとか、プラットフォーム自体を乗り換える事です。
    優れた作品でも、サイトや出版社との相性が悪い、という可能性はありますので。
    最優先すべきは自分自身の執筆活動、交流や相互宣伝は執筆をしない、出来ない時のあくまで暇つぶしとして。それがあるべき姿だと思います。

  21. 『”自分の執筆活動に対して”敵となりうるかどうか』
    という意味では敵にもなりうるのではと思います。

    執筆仲間を好きな作家さんだと思っていれば、その人の新作が出れば当然読みたいと思うし、RTもしたいと思うだろうと思うからです。

    しかし、感謝が義務となるのは如何なものでしょう。
    お返しRTはもはや、その時点でRTの意味をなさないのでは?

    『仲間』という言葉は、幅の広い言葉だなと思います。
    執筆サイトでの『仲間』はお互いに支え合えるような方しか『仲間』とは思えませんし、自分はそういう存在の『仲間』でありたいと思います。
    そういう意味でも、執筆仲間が居た方がいいと思いますし、これからも輪が広がっていけばいいなと思います。
    私は『仲間』と言う以上、『敵』か? と考えること自体がナンセンスだなと思います。

  22. 「執筆仲間」は、お互いのそれが単なる趣味であれ本業であれ、文筆活動という共通項がなければ本来出逢うことすらなかった同士。年代も性別も職業も異なる属性の方である場合が殆どです。そんな異質で多様な人々と出逢える場が手近にあるという状況は、ネットやSNSの普及が齎した好意的な時代変化と捉えています。

    井の中の蛙には井戸の中しか描き出すことができません。異質性・多様性に触れることは、新たな価値観との出逢い、ひいては自身の表現の幅を拡げてくれるものと考えるからです。

    さて、質問者さまの意図としては、返信やRTやFAVが義務化する、いいねや既読が付いた付かない…所謂「SNS疲れ」にも通じる物理的時間の消費(浪費?)が原因で、本来割きたいコトに時間を割けなくなるじゃん?という意味かと解釈したのですが、僕は一見「無駄」と思えるそれらの行動に対しては全肯定も全否定もできません。

    というのも、プロでもアマチュアでも同じだと思いますが、それこそ文筆に限らず芸術・アート的な営みは職業でいうところの自由業、つまりは自分自身が時間管理の責任を持つべき活動だと思うからです。

    義務だろうが相互RTだろうが、それが自身の表現の幅を拡げてくれる方々とのコミュニティ維持に於いて必要と判断すれば、自信を持って行えば良いし、逆にそれが負担になるのなら、誠意をもって相談すべきなのではないでしょうか。仮にそれでハブられるようなコミュニティであれば、自分のスタイルと合わなかったのだな、と(前向きな意味で)「諦める」しかないと思います。(勿論、中期的な視点から見れば、それも一つの学びだと思いますが)

    そもそも時間管理の責任者は執筆する本人なのですから、出逢った仲間に対して時間を食い潰す「敵」と見做すことは、少々身勝手な意見なのではないかなぁ?と思います。

  23. 和縞 より:

    プロを目指す人ならライバルです。馴れ合いは糧になりません。

  24. 匿名 より:

    和して同ぜず、仲間は仲間でしかないです。

  25. aza/あざ より:

    敵か味方か、なんて考えたことは無いですね。強いて例えるなら“同じ教室のクラスメート”みたいなものです。

    創作の敵は自分だと思います。

  26. 執筆者同士、しのぎを削って切磋琢磨しあうのは、とても良いことだと思います。
    でも、残念なことに相手の才能に嫉妬してしまうこともありますよね・・・そこで何らかの感情の衝突があると、敵になってしまうのではないでしょうか。逆に評価しあうのは素敵ですが、義務になるのはいただけませんね。執筆は自分の心の内にある熱を形にするのが基本です。「ああ、また書かなきゃならないのか・・・」と重荷に感じたら、いい作品は生み出されません。いい意味で刺激しえる関係の戦友を持ちたいものですね。

  27.  敵だとか、味方だとかは考えないけれど、本人がそれを面倒くさいと思うならしない方がいいでしょう。相手だって、面倒くさいと思われながら、ツィートとかされてもいやだと思うし。私ならそんなんいらん! と思ってしまう。
     ただ、感想とかくれた人には返事位するのは礼儀だと思いますが……。逆に、自分が面白い作品だあ! と思ったら、お気に入りとかにしますよ。だからと言って自分の作品を気に入りもしないのにお気に入りにしてもらう必要はない。
     どこに目標を置いているかと言うこともあるでしょう。仲間と楽しくやりたいのか。自分の書きたい小説を書けるようになりたいのか。読者数が増えるのが目的なのか。
     それによって、周りとの付き合い方も変わってくると思います。

  28. 陣内美勇 より:

    どちらも必要でしょう。
    ようは捉え方なんだと思います。
    味方も、突然敵になることもある。
    でもその「敵」と言うのは、「親の仇」じゃなくて「好敵手」
    「敵」と言う一言に、自分はどちらを当てはめるか。
    それによって自分も、また相手の対応も変わってくるのだと思います。
    物事をどういった側面からとらえて、それを活かせるか。
    その差が人の成長速度の差なのだと思います。

  29. 匿名 より:

    互いに刺激し合うのが小説仲間ではないでしょうか
    そういう方に巡り会えたら幸せだと思います

  30.  私は、小説仲間は個人的に仲間でもあり、競い合うライバルのような感覚がします。
     確かに、小説仲間は仲間です。そういう面では味方ではありますが、同じ小説仲間がいるからこそ、向上心が刺激される事も確かです。何だか、そういう面では敵、ライバルのような気がします。

     ですから私はこんな考えを振りかざします。

  31. PiQ (@nasenosu) より:

    本好きなら本書く人を互いに敬え。本気で思った分それは自分のやる気となる。…ってね!

  32. 日陰の月 より:

    確かに敵という認識は間違っていないですね。でも、敵は敵でも大抵は味方なんですよ。むしろ味方じゃない敵なんて存在しません。
    どれだけの読者を集められるか、どれだけの評価を得られたか。そういう睨み合いって、表面的なものばかりなのです。だって、睨み合っているって言っても、心から恨むものじゃないでしょう?
    とはいえ、結局敵は敵です。ならば、その敵を利用すればいい話なのです。敵が自分より優れているのなら、自尊心を捨てて優れている部分を学ぶべきではありませんか?
    競争の真意は、そこにあるのですよ。物書きに限らずにね。

  33. 菩提樹みろく より:

    あまり人のことには興味が無かったりします。
    自分と作品が向き合うことを一次的事象とすれば、それ以外のことは全て二次的事象。自分が出版した書籍の売上具合も、その作品に対する余所の評価も、編集者のお小言も笑。もちろんネットでの誰某れの小説がどうしたの、ということも。二次的事象に関しては、「そっかー」としか感情が浮かばないというね。
    私自身文芸サークルにも所属してますし、気が向けば数百のweb小説にレビューしてたりもします。そこにあるのは、食指が動けば読む、そうでなければ頁を閉じる、というとてもシンプルな思考。敵や味方という範疇とは違いますね。
    どこか俯瞰的なのかもしれません。敵や味方として見てもらえるよう、もう少し宣伝上手になりたいものです。

  34. その時の自分の状況次第で敵にも味方にもなる。
    相手が敵に見えるか味方に思えるかは、正直なところ八割がたが自分自身のモチベーションとコンディション次第だと思う。
    思ったものが書けなかったり、あまり面白く思えなかった他者の作品がもてはやされていたりすれば、不満や焦りが創作意欲を殺いでしまう。
    そうなれば敵でしかないんだけど、もう太刀打ちできないくらいその人の作品に惚れてしまったり、自分もあんなものが書けるように頑張ろう、という気持ちになれるのであれば、それは味方っていう言い方をしてもいいと思う。
    ただし。
    「仲間」は友達じゃない。
    何を目的に接近してきたのかわからない人、あまり親しくする気がなさそうな人も確かにいる。
    そういう、「盗めそうなメソッドや方法論があればパクって自分のものにしてやろう」とか、「あの人が親しくしてる、あの書き手さんを盗って、あの人を仲間うちから追い出してやろう」っていう悪意をもって接近してきた「仲間」の場合、それは明らかに敵。
    けれどその敵も、モチベーション次第で十分利用できる。
    「盗めるもんなら盗んでみな」とか、「誰とどうなろうが自分は書くよ」っていう精神で突っぱねて、自分の創作意欲に火をつけるきっかけにでもしてしまえばいいわけで。

  35. 仲間ではありますが敵ではないです。しかし友達とも思っていないですね。
    研鑽を続けていこうとする上でぶつかり合い競いあうのは致し方のないことですから。

  36. どちらでもない。
    互いに読者、書き手なのだから、その人の為にしたことに対して、相手から貰う感謝の気持ちよりも、いい作品で返してほしいと思いますんでどちらでもないです。

  37. あくまでプロを目指している人の話と考えますね。

    物書きは経験、知識、表現力、センス、他者にはないアイデア、これらが必要です。味方を作って、いろいろアドバイスをもらったとしても、上記の要素が養われるとは思えません。初歩的な段階でのアドバイスはいろいろと有効なものがあるでしょうけれど、今だとネットで調べられることがほとんどです。

    やはり先人の小説を多く読み、多くの人(作品)の感性やセンスを身をもって学ぶことが必要です。自分の作品を「なるべく多くの人に読んでもらいたい」「ほめてもらいたい」という安易な理由で仲間を増やすことは、やめたほうがいいと思います。ほとんどの物書きさんは「好きだから書いている」「書くことが好き」と言います。それが本当なら、あえて仲間を作る必要はないと考えますが、いかがでしょうか。

    声優さんであれば、仕事がないと食っていけないので、生き残りに必死ですから、周りはみな敵でしょう。事務所(預かり)所属の方であっても、いつ首を切られるかわからない状況で頑張っています。物書きも、あの意地と努力を見習うべきです。上で和縞さんもおっしゃっているように、馴れ合いは糧になりませんし、最終的に出し抜かれます。その時間を読書に費やすほうが、はるかに学べるような気がします。

  38. あくまで個人的な見解ではありますが、
    時と場合によって敵にも味方にもなると思います。
    似たようなジャンルを持って、同じコンクールに挑めばライバルという名の好敵手になりますし、
    同じ高みや志を目指すのであれば、誰よりも理解し合える味方となるでしょう。
    私にも何人かの執筆仲間がいらっしゃいますが、
    敵であれ、味方であれ、彼らの存在をありがたく思っていますし、負けていられないという励みにもなります。
    結局は、己の心次第ではないでしょうか。

  39. 匿名 より:

    自分の作品をパクられた時点で敵です。
    その人も物書きで「書くのは何時間もかかるのに読むのは一瞬なんだよね~」などとツイートするくらいなのだからそのパクった文章を私がひねり出すのにどれだけ辛かったかも多少はわかりそうなものだと思うのですが、そうではない人もいるようで。
    一部だからなどと軽い気持ちで持って行って欲しくないし、そういう人に物書きを語ってほしくもないですね。

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