小説家のたまご

未来の小説家=小説家のたまごを応援するサイトです。

*

【たまコラム:太宰治のすべて】第1回:そもそも太宰治って誰?/前田沙耶子

      2016/03/24

【たまコラム:太宰治のすべて】第1回:そもそも太宰治って誰?/前田沙耶子

 

こんにちは、前田沙耶子です。連載第1回目です。よろしくお願い致します。

自己紹介を改めて読み返してみると、なんだか愛と熱意が先走り過ぎて結局読者の皆様を置いて行ってしまっているような気がして反省致しました。『小説家のたまご』様のツイッターに「別の意味でディープ」と書かれるだけありますね。誠に申し訳ありません。

というわけで今回は初回らしく、「そもそも太宰治って誰?」というテーマで書かせていただきます。

まずは簡単なプロフィールと人生年表から。

太宰治。1909年、青森県金木村(現・五所川原市金木町)生まれ。本名は「津島修治(つしましゅうじ)」。東京帝国大学、なんと今で言うところの東京大学・文学部仏蘭西文学科に進学……しますが、留年に留年を重ね(単位取得に相当苦労したようです)、大学6年生のときに実家からの仕送りを打ち切られ、授業料未納のため中退しています。また、在学中にカフェの女給と入水自殺を図っていますが、太宰のみ生き残りました。

その後執筆活動を本格的に始め、第1回・第2回の芥川賞候補に挙がりますが、続けて落選。太宰は芥川龍之介を尊敬していたため相当ショックだったようです。1936年には『晩年』を刊行しますが、パビナール(いわゆる麻薬です)中毒に悩んでおり、翌年には内縁の妻であった小山初代と2度目の自殺未遂を図り、筆を絶ってしまいました。

1939年、井伏鱒二の紹介により石原美知子と結婚し元気を取り戻します。生活が落ち着いたためか精神が安定したようで、それまでの退廃的な作風とは打って変わって明るい雰囲気の作品を多く残しています。第0回で触れた『走れメロス』もこの時期に執筆されました。

しかし、その後作風はまた徐々に薄暗さを帯びていきます。第二次世界大戦における日本の敗戦、母の死などが影響したのでしょうか、没落貴族を描いた『斜陽』など退廃的な作品が次々と生み出された時期です。そして1948年『人間失格』を執筆、同年6月13日に愛人・山崎富栄と玉川上水にて入水自殺。ふたりの遺体はその6日後に発見されました。奇しくもその日は6月19日、太宰の誕生日でした。この日は太宰の短編小説のタイトルにちなみ、「桜桃忌」と呼ばれています。

……という感じで、軽くまとめただけでもなかなかに波乱万丈な、浮き沈みの激しい人生であったことが窺われます。

さて、これから上記の年表を元に、太宰本人の人生と作品との比較、及び作風の変遷について論じる……なんて難しいことはしません。なんといってもこのコラムの意図は「太宰治の魅力を伝える」こと。

ここからは年表中の細かい部分にツッコミを入れ、「太宰ってこんな意外な一面もあるんだ」と思ってもらえるようなエピソードを紹介していきます。

筆名について

先述の通り、太宰治は筆名。この名前の由来については、いくつかの説があります。

まずは本人の談。曰く、本名で雑誌に投稿すると家族に叱られる(津島家の人々は、太宰が小説を書くことに肯定的ではなかったようです)。ので友人に考えてもらったところ、万葉集の中の「太宰権帥大伴の何とかつていふ人(原文のままです。これは大伴旅人のこと)」が酒の歌を詠んでいたため、酒好きにはちょうどいいということで太宰。「修治」は両方ともおさめるという意味だしふたつはいらないので、治。とのこと。しかし、ここに登場する「友だち」こと津久井信也氏は「万葉集云々の事実は無かった」と語っているとも言われており、いまいち釈然としません。

後の研究者の説では、「太宰」と「堕罪(=罪人となる)」、ドイツ語の「da(ダ) sein(ザイン)(=現に存在する、の意)」を語呂合わせしたのではないか、というものもあります。

さて、私が最も有力だと考えているのは、ずばり「訛り脱却説」です。

先述の通り太宰の地元は津軽。彼は自らの本名「ツシマ・シュウジ」も「ツスマ・スンズ」としか発音できないほど訛りが強かった。それが恥ずかしかったため、はっきりと発音できる「ダザイ・オサム」という筆名を使用した、というものです。

今となっては由来は太宰のみぞ知ることですが、私は3つ目の説を推します。みなさんはどうでしょうか?

津軽訛りコンプレックス

私が「はっきり発音できる筆名にしたかった説」を推すのには理由があります。それは太宰の「ことば」に関するエピソードから。

太宰は結婚後、妻・津島美知子のことを「オイ、オイ」と呼びました。しかし、美知子夫人にはそれが「オエ」と聞こえていたそうなのです。太宰は自らの津軽訛りを持ち出し自虐ネタにしていたそうですが、「あなたオイのことオエって言ってますよね」とは流石に言いだせなかった、と後に著書にて語っています。また、「ミチコ」が発音しづらかったのか「ミツコ」と呼ばれたこともあったそう。

そんな太宰は都会的でお洒落なもの、特に江戸っ子の「粋」というものに惹かれていました。上京したばかりのころは何とか標準語、というか江戸弁をマスターしようと頑張っていたそうです。その練習法とは、歌舞伎役者・十五代目市村羽左衛門のレコードを買い込み「切られ与三郎」などのセリフを繰り返し聴く、というもの。

ちなみに太宰は『もの思う葦』というエッセイにおいて「羽左衛門の私生活なども書いてみたい。朝起きてから、夜寝るまで。面白いだろうと思う」と記しています。

また、『フォスフォレッセンス』という短編には「僕は白状するけれども、前の羽左衛門が大好きでね、あのひとが死んで、もう、歌舞伎を見る気もしなくなった程なのだ」という記述も見られます(作品の発表年から考えると、前の羽左衛門=十五代目のことだと思われます)。

十五代目市川羽左衛門、よっぽどお好きだったようです。

さて、そんな風にして江戸弁をマスターした太宰。自信を持って東京の街に繰り出し、自分の江戸弁のお手並み拝見と行きたかったのでしょう、カフェの女給に羽左衛門の発声そのままに話しかけてみました。その返事は「アンタ、田舎は津軽でショ」。……まんまと見透かされる。猛レッスンの成果も完璧ではなかったようです。

太宰は執筆中、たびたび美知子夫人を「オエ!」と呼び、言葉についての問いかけをしていたそうです。きっと津軽訛りから抜け出すことはできなかったのでしょう。

2留した大学時代

高校を卒業した太宰は、東京帝国大学文学部仏蘭西文学科に入学しました。その動機はフランス文学に憧れて……と言われていますが、実は太宰、フランス語を全く読めなかったそうです。その年の帝国大学仏文科は競争率が低いと言われていました。「なら無試験で入れそう」という安易な考えで入学を決めます。

しかし試験はありました。フランス語なんて全然読めない太宰、大困惑。試験官にそう打ち明けます。まさかフランス語を全く読めない者がフランス文学を学びに来るとは思ってもいなかった試験官もびっくりです。しかし、よっぽど勉強熱心な者しか進学しないこの時代。苦笑しながら合格にしてもらった……という逸話があります。

しかし結局、その後も勉強することはありませんでした。曰く、「俺も帝大の仏文科というところに籍を置いたが、ついにフランス語を知らずに終わったがね」とのこと。

もちろん4年間では卒業できず、留年に留年を重ね、6年生になったころには仕送りも打ち切られてしまいました。レポートを提出できず、このままでは単位を貰えない。困った太宰は師である井伏鱒二に頼んで講師に紹介状を書いてもらい、会いに行くことになりました。友人たちにどのように頼み込めば良いものか相談していましたが、その内面倒になって酒を飲んで終わります。そして当日、もう泣き落とししかない!と考えた太宰。料理屋で講師と面談しますが、文学論について語り合ううちにまたどうでもよくなり、結局言いださずに終わったそうです。

ちなみに講師の方も井伏から話を聞いていたため、単位を出す気はあったそうです。が、仮にこの講師一人に単位を貰っていたとしても、卒業は無理でした。太宰は6年間ほぼ登校せず、1単位も取っていなかったそうです。

 

……まだまだ紹介しきれていないエピソードもあるのですが、今回はここまで。初回ということで、少しでも太宰に興味を持っていただけたのであれば幸いです。

さて、次回は「太宰の名言・迷言」というテーマで執筆したいと考えていますが、なにしろいきあたりばったり。予定は未定です。が、もっともっと「教科書に載ってない太宰」にスポットを当てていきたいと思っております。

それでは、第2回もよろしくお願い致します。

<参考>

津島美知子『回想の太宰治』(人文書院、昭和53年)
山口智司『肉声 太宰治』(彩図社、平成21年)
太宰治倶楽部『もっと太宰治 太宰治がわかる本』(KKロングセラーズ、平成27年)
山内祥史「作家太宰治の誕生-筆名<太宰治>の意味について-」(『神戸女学院大学論集(22)』、1975年)
青空文庫 様 http://www.aozora.gr.jp/


たまコライター プロフィール

前田沙耶子(まえださやこ)
tw_sayako
1992年生まれの引きこもり。オカルトと動物と甘いものと三代目魚武濱田成夫が好き。運動ときゅうりと眩しいところが苦手。よく阿佐ヶ谷近辺で酩酊してる。短歌や小説を詠んだり書いたりすることが好きです。Twitter:@penguin__night

たまコラムとは

小説家のたまごが気になるテーマごとに、担当たまコライターが数回から十数回程度のコラムを、連載形式でお届けします。

「太宰治のすべて」まとめ読みはこちらから。

また、小説家のたまごでは常時たまコライターを募集しています。詳細はこちらをご覧ください。

 - 太宰治のすべて ,

ad pc

ad pc

コメントはお気軽に^^

  関連記事

no image
【たまコラム:太宰治のすべて】第3回:芥川賞を取りたい!/前田沙耶子

【たまコラム:太宰治のすべて】第3回:芥川賞を取りたい!/前田沙耶子 『文豪スト …

【たまコラム:太宰治のすべて】第4回:芥川賞を取りたい!②/前田沙耶子

【たまコラム:太宰治のすべて】第4回:芥川賞を取りたい!②/前田沙耶子 こんにち …

【たまコラム:太宰治のすべて】第2回:太宰治の名言・迷言/前田沙耶子

【たまコラム:太宰治のすべて】第2回:太宰治の名言・迷言/前田沙耶子 こんにちは …

no image
【たまコラム:太宰治のすべて】第0回:はじめに/前田沙耶子

新連載:太宰治のすべて 今回スタートするコラムのテーマは『太宰治のすべて』です。 …