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【やってしまった大失敗】もしもあの時ああしていれば/久里原和晃

      2015/04/01

【やってしまった大失敗】もしもあの時ああしていれば/久里原和晃

朝、目を覚ますと枕に違和感があった。持ち上げて下を探ってみると、半円形の白い布があった。見方によってはブリーフだが、モノを通す窓がない。布は袋状で、半円の直線部分から開くようになっている。そこから手を入れてみると、布の大きさに見合わず、いろんなものがたくさん入っているのが分かった。おそるおそるその中の一つを取り出してみる。
テレレレッテレー。効果音と共に、竹とんぼの下に吸盤のようなものが付いた、黄色いものが出てきた。これってタケコプター? ということは、この布は四次元ポケット?
現実から目を背けたいとき、特に、失敗した何かをやり直したいとき、そんなことが起こらないかなと、割と本気で願ってしまう。

私が高校に入学した当時、iモードが始まったばかりで、ケータイがセンセーショナルを巻き起こしていた。バイト代を貯めて初めて買ったケータイは、画面は緑色、着信音は三和音の、今では子どものおもちゃにもならない代物だった。
メールの存在が一般的になったのもその頃。当時のメールアドレスのローカル部(@の前の部分)の初期設定は、ケータイの電話番号そのままだった。しばらくして、迷惑メールが問題になるまで、メールアドレスを変更する人はほとんどいなかったと思う。

当時、初めてできた彼女が言う。
「メアドにお互いのイニシャルを入れようよ!」
そんなのが流行っていた。現代でいうところの、フェイスブックの「交際中」表示や、ツイッターのプロフィールに「大切な人がいます」と書くようなものだ。同じくらい、スベっている行為。そんな情報誰も知りたくないのに、示して何になるのだろう。

なんだかんだ、若気の至りと言うべきか、嫌々ながらも彼女の要望に応じた。私のメールアドレスは、私のイニシャルと誕生日、その後ろに彼女のイニシャルと誕生日。彼女のメールアドレスは、それをテレコにしたものにした。
この行為には大きなリスクが二つある。一つは、交際が破綻すると、必然にメールアドレスの変更をしなければならなくなり、破綻したことが周知になること。もう一つは、身を持って体験することになる。

バイト先に、とてつもなく好みの新人が入った。キレイ系で、Sっぽくて、彼女の勤務初日に一目惚れしてしまった。
客足が途切れたタイミングで世間話をしていると、彼女が一歳年上だと知った。
「俺の方が年下なんで、タメ口にして下さい」
「うーん、じゃあ久里原さんは先輩なので、プラマイゼロでお互いタメ口にしませんか?」
その台詞、その言い方に、ますます興味を持ってしまった。年上のお姉さんに憧れる年頃だったからなおさらだ。

バイトが終わる三十分ほど前、引き継ぎの人のために片付けや掃除をしている時だった。
「話し足りないから、終わった後ファミレスでも行く?」
彼女の方から誘ってくれた。それまでの会話で、趣味嗜好や考え方が似ているなと感じていたのだが、彼女の方もそう思ってくれたのかもしれない。

バイト先の最寄りのファミレスで、軽く食事をしながら談笑した。ドリンクバーで選ぶものも似通っていて、
「気が合いそうだね」
なんて言い合った。これは、イケるかもしれない……。デートをしている妄想や、Sっぽい彼女が上で私が下になっている妄想をした。モテない人生を歩んできたけど、会ったその日に、なんて展開もあるか? 来た、始まったぞ俺!

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
彼女のその声に我に返った。焦る必要はない、まだ初日だ。これからバイト先で週に何度も顔を合わす。とりあえずメールアドレスの交換でもしておくか。
「あのさ、メア……」
言い掛けたところで気付く。まずい、メールアドレスには交際中の彼女のイニシャルが入っている。交際中といっても、もう何ヶ月も連絡を取っておらず、正式に別れ話をしていないだけで、とても彼女と呼べる間柄ではなかった。
でも、彼女にメールアドレスを見られたら勘違いされる。説明をしても、メールアドレスを変更していないから、引き摺っていると思われてしまうかもしれない。考え方が似ている彼女は、私と同じでスベっている行為が嫌いかもしれない。軽蔑されては終わりだ。
得策は、この後メールアドレスを変更し、後日バイト先で交換する。これならイケる、きっと上手くいく。
「ん?」
「いや、何でもない! また来よう」

数日後、彼女との二度目の勤務日。意気軒昂にバイト先へ向かう。更衣室で制服に着替え、事務所に降りた。
「おはようございます!」
いつもよりオクターブ高かったかもしれない。それくらい興奮していた。彼女に会える、顔が見れる、また彼女が上になっている妄想をしてしまう。
ところが、出勤五分前になっても彼女が来ない。分からないけど、漠然と、何か嫌な予感がした。
ほどなくして社員が私の元へ来た。
「久里原くんごめん、今日一人で頼むわ。俺は裏にいるからピンチのときに呼んで」
「えっ? 新人さんは?」
「それが、一時間くらい前に、他のバイトが決まったから辞めるって電話してきて、一方的に切られたんだよ。やられたよ」
なんてこった……このムラムラの、いや、ドキドキの行き場はどこに向ければいいんだ。もう彼女に会う術はない。あの時、メールアドレスを交換していれば。あの時、イニシャルを入れることを承諾しなければ。

それを思い出すと、もしもボックスが欲しくなり、私は今でも時折枕の下を探る。

あとがき

失敗は嫌なもの。成功に失敗はつきもの、なんていうけど、それは失敗ではなく過程の話。やり直しが効かない失敗こそが失敗だ。そんな嫌な失敗も、飲みの席で話したり、文字にして公開したりすると、面白くなる。つまり、失敗はネタになる。それこそ、SNSに現行の恋人との出来事を書き込むより、ずっと面白い。何かに失敗してしまったら、ネタが一つできた、と考えればいい。人は他人の幸せ以上に、不幸を笑うものだから。

たまごライター プロフィール

たまごライター:久里原和晃
writer_kurihara_100都内だけでも軽く2万人はいる、性格も顔も特徴のない、80年代半ば生まれのサラリーマン。Twitter:@Quazuki

 - やってしまった大失敗

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