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【小説の読み方】ひねくれ文学部生の小説の読み方/リリー

      2016/06/05

【小説の読み方】ひねくれ文学部生の小説の読み方/リリー

小説を読むことは、長年私にとって娯楽だった。活字から広がる仮想世界の中に遊び、主人公の心情の変化に寄り添うことを、純粋に楽しんでいた。

それが大きく変わったのは、大学に入って、専門的に文学を勉強するようになってからだ。
大学での専門的な授業は、知らなかった作品を私に示してくれ、読むジャンルの幅を広げてくれた。しかし一方で、純粋に楽しむだけではいられないようにされてしまった。それは私の浅学や気負いが引き起こした誤解だったのだが、少なくとも最初の内は、本気で文学部のせいで本を楽しめなくなったと恨めしく思っていた。読んだ小説は講義中に専門的な解釈や歴史的事実などを加えられ、「楽しい」「面白かった」の中にそれらを孕む。文芸評論や作家論などと並行して読むことを義務付けられる。こうなるともはや小説を読む=勉強となってしまって、小学生の頃のような純粋な楽しみは失くなってしまった。このために、日本文学科に入ったことを後悔したことさえある。

いっそ転科でもしようかという考えすら浮かぶようになったある日、私は小学生の頃に大好きだった重松清の「エイジ」という長編小説を読み直していた。これも長編小説の構造を学ぶための読書で、純粋に楽しむことを目的としたものではなかった。しかし読み進めていく内、以前のような時間を忘れて読書する、という種類とはまた違った新しい楽しさを感じているのを自覚した。この文は比喩が使われていることで豊かな表現になっている、長編小説なのに読者に飽きを感じさせないのはこんな工夫があるからだ、など、普段大学で学んでいることを「純粋な楽しみの障害」としてではなく、「純粋な楽しみをさらに発展させるもの」として知覚出来た。

高揚した気分で本を読み終え、私は文学史のノートを開いた。この時は今までのように変な重圧を感じてはいなかった。むしろ、本来専門知識が読書の面白さを阻害するはずもないことにようやく気付けたのだ。

ここに至れたのは、最初の頃に持っていた「気負った心」を捨てられたからではないか、と考えている。以前の自己紹介文でも述べたように、入学当初の私は、少しでも多くの知識を得ようと躍起になっていた。一つでも多くの情報を搾り取ってやろう、そんな読み方で楽しめるはずもないと、今になって思う。

専門的な勉強なしに読むことを非難しているわけではない。ただ、文学部、学問、という名称に圧倒され、その楽しみを見失ってしまう人は私の他にもいるのではないかと思う。もしそのような人がいたら、もう一度原点に立ち返って、昔好きだった本を手に取ってみてほしい。専門的な知識というエッセンスを少し垂らした読書は、本当に楽しいのだ。

文学という学問にレジャーシートを持ち込んで寝そべって読む、それが私の小説の読み方である。

たまごライター プロフィール

たまごライター:リリー
writer_riri_100大学二年生で、漢詩を中心に文学を勉強しています。好きな作家は重松清と谷崎潤一郎、好きな詩人は陶淵明と李賀です。将来は作家でなくても、文学を楽しみ、それにいつでも触れていられる立場にいたいと思っております。文章を書くことは、一生やめません。そうしておばあちゃんになった時にでも、世間から評価されれば、というスタンスです。よろしくお願いします。

 - 小説の読み方

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